ブルグンテンの陣

「では、敵を背後から追撃すればいいのではないか?」


 オーレンドルフ幕僚長は言った。


「そ、そうだな。ここでじっとしていなければならないという決まりはない」


 ヴェステンラント軍は背中を無防備に晒すことになる。そこでホノファーから打って出て背後から叩けば、敵に大きな打撃を与えることが出来るだろう。目前の拠点を無視するとはそういうことだ。


 シグルズは早速ザイス=インクヴァルト司令官にこの案を打診しようと通信を用意させたが、その前に凶報が飛んできた。


「シグルズ様、敵はここを包囲する軍を残しているようです」

「――賢いじゃないか。兵力は?」

「およそ3,000とのことです」

「面倒な……」


 魔導兵がおよそ3,000。ホノファーを攻め落とすには足りないが、打って出てくるヴェステンラント兵を撃退するには十分な数である。依然として双方の条件が対等な野戦においてはヴェステンラント側に圧倒的な利がある。


 という訳で、ホノファーの守備隊はホノファーに閉じ込められ、帝都へと直行するヴェステンラント軍を座視するしか出来なくなってしまった。


 ○


 ACU2310 3/29 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン


 赤の魔女ノエルが率いる騎兵およそ9,000は、ついにブルグンテンに到着した。


 ブルグンテンには他の大都市と同じく都市を丸まる囲む城壁があり、大半の市民はその中に避難していた。だがそれにも限界があり、周辺に住む農民は放置されていた。


 ノエルは早速、ゲルタの用意した策に従って、食料の調達を試みた。買い物など普通は臣下にやらせるところだが、ノエルは自ら赴くのが好きであった。もっとも、現地民には十中八九怯えられるのだが。


「おーい、扉を開けてくれー」


 そこそこの豪農っぽい家の戸をノエルは叩いていた。だが中からの返事はない。何度呼びかけても反応は帰ってこなかった。


「留守か?」

「そのようですね」


 眼鏡の少女ゲルタは言った。こんな状況下で出歩ける頭のつくりは理解出来ないが。


「じゅあ違うとこに行くか」

「はい」


 ノエルとゲルタ、それと数名の護衛は金を持っていそうな農家を回った。


 だが、どの家からも返事はなかった。


「おっかしいな……」

「そう、ですね……」


 まさか村人全員が避難を完了しているのだろうか。


「――いや、人が動いた形跡がない。ここに人は必ずいる」


 ゲルマニアでも農村まで道路が舗装されている訳ではない。村人全員が一斉に移動したとあれば、それなりの痕跡が残る筈だ。だがそんなものはどこにも見当たらない。


「で、では……」

「そうだね……いっそ扉をたたき割ってやろうか!」


 ノエルは家の前で魔法の杖を構え、扉に向けた。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいノエル様!」


 ゲルタはその杖を横から奪い取った。


「な、何だよ、ゲルタ」

「ノエル様の魔法では家がまるごと灰になってしまいます!」

「……まあ、そうかも」

「ですので、私がこじ開けます。お待ちください」


 ゲルタは杖をノエルに返すと、自分の魔法の杖を取り出して、それを短刀に変えた。そしてそれを扉の隙間に突っ込み、鍵を切断した。扉はゆっくりと開く。


「賢いじゃないか」

「考えれば分かります」

「む……」


 ゲルタが呆れた顔をしているのを見て、ノエルは悲しんだ。


 さて、結論から言うと人はいた。だが戸主と思しき男はナイフを構えてやりあう気満々であった。


「魔法も使えない奴が、私たちに勝てるとでも思ってるの?」


 ノエルは一切躊躇をせず彼に近寄っていく。


「そ、そんなことは関係ない……私たちの食事を奪われる訳には、い、いかないんだ……」


 男は震える声でそう言った。


「別に奪いはしないさ。聞いていないのかい? なんだかよく分からんが、うちの赤公とそっちの総統が合意して、ヴェステンラントの金はこっちでも使えるらしい」

「の、ノエル様……」

「う、嘘だ! そんなこと……」

「嘘じゃないんだけどねえ……」


 どうも様子が変だ。これまでは金払いについて説明すると割とあっさりと食糧を譲ってくれた。結局ゲルマニアの平民は国家の大事など大して気にしていないのである。


 だが今回はまるで違う。話を聞こうとすらせず、狂信的なまでにヴェステンラントを拒絶するのだ。


「ま、そんなにやりたいってんなら、いいよ? かかってきな?」


 ノエルは剣を抜いて男に向けた。


「い、いや、そ、それは……」

「何だ。いざとなったら戦えもしない弱虫じゃないか」


 これまた変だ。この村の住民はゲルマニアへの愛国心が深いのかとも思ったが、いざ戦うとなると途端に弱腰になる。そう、例えば誰かに脅されてやらされているような。


「ノエル様、もしかしたら食糧を渡さないようにゲルマニアが手を打ったのかもしれません」

「奴らそこまでするのか?」

「ないとは言い切れないのでは」

「まあ、そうだな……」


 もしもそうだった場合、彼は何らかを人質に取られているということになる。交渉をしてどうにかなる問題ではない。


「面倒だ。こうなったら……」

「ま、まさか、ノエル様……」


 ついに略奪に手を染めることになるのか。


「面倒だから食糧調達は諦める」

「え?」

「言った通りだ。とっととブルグンテンを落とせばいいんだろう?」

「は、はい……」


 まだ食糧は数日分残っている。それ以内にブルグンテンを落とせばいいのだ。簡単な話である。

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