膠着
「クッ――」
鉄と鉄のぶつかり合う甲高い音。
「チッ、これも防ぐか」
シグルズは咄嗟に腕を魔導装甲で覆い、ノエルの刃を受け止めた。腕に激しい衝撃が走り、骨にまで痛みが響いたが、何とか耐えた。
「私の剣を受け止めるなんてね。噂は言い過ぎじゃないってことか」
「そういうことだ」
言いながら、シグルズもちゃんとした刀を作って応戦の意志を見せた。因みにそれは片刃の日本刀である。
「随分と変な形の剣を使うんだね」
「まあ、大八洲の剣だ」
「大八洲にも知り合いがいるのかい?」
「そういう訳じゅないけど」
別に意図して作った訳ではない。刀といえばどんなものかと思い浮かべて、咄嗟に出てきたのがこの日本刀であっただけだ。
「そう。しっかし、あんたを殺すのは確かに無理そうだ。エスペラニウムも尽きてきたし」
「そういう弱みを晒すのはよくないと思うけどね」
「あ……まあ、逃げる分くらいはあるさ。一先ずは帰る。じゃあね」
「とっとと帰ってくれ」
ノエルはそのまま撤退し、ヴェステンラントの兵士も後退した。一先ずは攻勢を防ぎ切ったことになる。シグルズは安堵した。
○
その後、第88師団の反省会にて。
「師団長殿、これで我が軍でもここを守り切れることが証明されたな」
オーレンドルフ幕僚長は明るい声で。
「そうだな。赤の魔女の相手を僕がしていれば、撃退は可能だ」
オーレンドルフ幕僚長が率いていた部隊は無事に塹壕に侵入したヴェステンラント兵を撃退した。シグルズ抜きでも第88師団は十分な実力を備えた師団であることが証明された訳だ。
今のところ通常の火器でどうにもならないことが分かっている赤の魔女については、シグルズが適当にあしらっていればいいだけである。あの飛行能力だ。対空砲も当たらないだろう。
「すまない。私がもっと強ければ、赤の魔女の相手も引き受けられるのだが……」
「気にすることはない。君は謝り過ぎだ」
オーレンドルフ幕僚長の魔法は師団長に取り立てられるくらいには優秀だが、それは魔法後進国ゲルマニアの中での話。世界最強の魔女の一角であるノエルやクロエには太刀打ち出来ない。
しかし、何でも自分を悪者にしてしまうのは彼女の悪い癖である。そもそも世界最強がそこら辺にいては敵わないだろう。
「しかし、師団長殿の以前の上司であるオステルマン師団長はレギオー級の魔女とも渡り合えると聞いた」
「それは……あの人がおかしいだけだ」
「そうだろうか……」
「それに、そもそも僕は魔法が好きじゃない。技術は魔法を駆逐出来ることを証明することこそ僕の夢なんだ。だから君は知略を存分に活かしてくれ」
「わ、分かった」
そう、魔法を使えるからオーレンドルフ幕僚長を幕僚長にしたのではない。彼女を取り立てた理由は彼女の知略と知識だ。魔法など関係ない。
「で、では、私はどうなるのですか?」
不意にヴェロニカが泣きそうな声で尋ねてきた。
「え、それは……」
シグルズは答えに窮してしまう。色々と運命の悪戯があったとは言え、ヴェロニカがここにいる理由はもともと、彼女の異常なまでの魔法への適性が理由である。
それをシグルズは今、完全に否定してしまったのだ。
「私は……大して頭はよくありませんし、その……」
「い、いや、やっぱり魔導通信機を使える人材は貴重だし……」
「師団長殿、それは先程の発言と矛盾するぞ」
「グレーテル……」
オーレンドルフ幕僚長は筋の通らないことが嫌いなようだ。師団長相手にも全く容赦がない。
なるほど確かに矛盾しているように見える。いや、言われてみれば、ヴェロニカを迎えた時点でシグルズの主義とは矛盾していたのだ。これを解決するにはどうするべきか。
「そう、あれだ、ヴェロニカは魔法の才能で取り立てて、オーレンドルフ幕僚長は知略で取り立てたんだ。各々の得意なことを活かして欲しいということだな、うん」
「それもそれでいいが、自らの主義のないつまらない人間なのだな、師団長殿は」
「辛辣だな、君は……」
「事実を述べたまでだ」
シグルズの魔法を駆逐するという思想を貫く為には、そもそもヴェロニカを近くに置くべきではなかったのだ。敵に利用されないようにゲルマニアのどこかで静かに暮らしてもらえばそれで十分だった。
だがシグルズはヴェロニカをこうして側に置いている。成り行きもそれなりにあるものの、最終的にはシグルズの意志でこうしている訳だ。
「……そうだな」
「どうした?」
「僕は自分の主義主張も貫けないつまらない人間だ。今はそれでいい」
「……そうか」
それだけ言って、オーレンドルフ幕僚長は黙り込んだ。
「伝令です!」
その時、若い兵士が司令部に入ってきた。
「何だ?」
「ザイス=インクヴァルト司令官より、ホノファーはあと4日は持ちこたえろとのことです」
「了解した」
極めて単純明快な命令。4日と少しでブルグンテンの準備が整うということだろう。それにしてはいささか早過ぎる気もするが。親衛隊が頑張っているのだろうか。
伝令はそれを伝えるとすぐに戻っていった。
「4日か。この調子ならば耐えられそうだな」
「この調子が続けばいいけど……」
「不安か?」
「安心するべきではないだろう」
「それもそうか。すまない」
このまま4日間馬鹿みたいな突撃を繰り返してくれればいいが、そうでない確率の方が高いだろう。安心は出来ない。
「――考えられるとしたら、あれか。すると……こういうのはどうだ?」
そこで、シグルズはちょっとした思い付きを師団各位に説明した。
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