ホノファー防衛戦
ACU2310 3/26 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 ホノファー
ホノファーは城壁で囲まれた要塞であるが、それに沿うように2重の塹壕線も整備されている。武器弾薬の貯蔵も十分だ。
「シグルズ様、敵軍は10キロパッススにまで接近。まもなく会敵します」
ヴェロニカは斥候部隊からの報告を告げた。
「了解だ。総員、気を引き締めておくように」
第二次ブルークゼーレ会戦の際、シグルズ率いる第88師団はハーケンブルク城におり、ついに戦闘に参加することは出来なかった。ドルプムンデでの戦いにも参戦出来ず、結局、帝国の奥地であるこのホノファーが初陣となる。
「僕たちの役割は遊撃だ。敵に突破されそうになったらその穴を塞ぐのが役目だ。機関短銃の用意はいいな?」
第88師団はほぼ唯一の機関短銃が全員に配備されている師団である。本来ならばゲルマニア軍の兵士全員に機関短銃を持たせたいところではあるが、現状では主力小銃の生産すら間に合っておらず、とても現実的な話だとは言えない。
「整備は万全だ、師団長殿。安心していい」
師団長の経験ありという超優秀人材のオーレンドルフ幕僚長は、誇らしげに言った。
「君の手がよく回っているお陰だ。ありがとう」
「部下の掌握は当然のことだ」
「そういうのは苦手なんだ……」
実際、シグルズのその方面の才は凡人並みかそれ以下である。戦略や戦術を提案出来ても、いざそれを実行するのはあまり得意ではない。その点オーレンドルフ幕僚長の存在はかなり助かっていた。
「まあ、気楽に構えよう。僕たちの出番はきっと来ないさ」
ゲルマニアの防衛線が完璧に機能していれば、予備兵力であるハーケンブルク師団に出番はない。シグルズとしてはその方がありがたかった訳だが――まあそう上手くはいかないらしい。
○
戦闘が始まって数十分。遥かな先にまで届くけたたましい銃声が途切れることなく響き渡っている。
「第八、第二十八師団より救援要請です!」
「離れたところを狙われたか……」
シグルズの期待は見事に裏切られ、速攻で救援要請が飛んできた。それもまた面倒な要請である。
依然に見せた手口は読まれていたらしい。
ヴェステンラント軍は離れた二点を集中して攻撃してきた。これは第88師団しか予備兵力がないと踏んだからだろう。実際その通りなのだが。
「どうしようか……」
これは困った。第88師団は一つしかないし、シグルズは一人しかいないのに、離れた2か所が危機的な状態なのである。しかし考えている時間もない。事態は一刻を争う。
「師団長殿、いいか?」
オーレンドルフ幕僚長は声を上げた。
「ああ。勿論だ」
「やはりここは、師団を2つに分けるしかないのではないか?」
「……そうだな。それしかない」
一か所でも突破を許せば防衛線の全体が瓦解する。シグルズに残された選択肢は、師団を分割して動かすことしかなかった。
「よし。師団を分割する。片方は僕が指揮を執る。もう片方の指揮はオーレンドルフ幕僚長に任せる」
「ああ。承った」
いつもなら自分に指揮を任せるべきではないなどと言いだしそうなオーレンドルフ幕僚長であるが、今回は自らの私情は捨てて何も言わずに従ってくれた。やはり本物の師団長だったという経歴は伊達ではないようだ。
「そういうことだ。総員、進め!」
「「おう!!」」
○
「怯むな! 合州国の侵略者を打ち倒せ!」
シグルズ率いる師団の半分は、敵味方の入り乱れる塹壕の中に突入した。
「撃て! 撃ちまくれ!」
シグルズ自ら機関短銃を手に先陣を切る。彼は機関短銃を手足のように使いこなし、無数の弾丸をまき散らしながら、魔法などに頼らずとも幾多の魔導兵を倒した。
それはこの頃積んできた訓練の賜物である。既に第88師団の兵士は機関短銃の扱いに慣熟し、自在に操れるようになっていた。
後方から雪崩れ込んできた黒い波は、点々と散らばっていた赤い兵士を呑み込んでいく。次々と倒れる赤鎧の魔導兵。だが第88師団の損害は軽微。かくして瞬く間に魔導兵は殲滅、撃退された。
「シグルズ様、敵兵およそ300を撃破、対して我が方の損害は死者20名、負傷者90名ほどです」
「予想以上の戦果だな……」
シグルズは静かに感動していた。ついに損耗比においてゲルマニアが優ることに成功したのだ。これは絶大な意味を持つ。兵士の物量ならばゲルマニアが圧倒的に優位なのだから。
「オーレンドルフ幕僚長の様子は?」
「はい。今確かめます向こう。――向こうも敵を撃退したそうです!」
「よかった……」
息を吐く。これで当面の危機はさった訳だ。
と、思っていた矢先、今度は違うのがやって来た。
「やってくれるじゃないか! シグルズ・フォン・ハーケンブルク!」
「いや誰?」
遠くから叫び声が聞こえてきた。それは力強い女性の声であった。
やがて真っ赤に染められているが質素な服を着た魔女が飛んできた。
「私はヴェステンラント合州国が赤の魔女、ノエル・ファン・ルージュ!」
ノエルは威勢よく名乗りを上げた。ただの一兵卒にわざわざ名乗るとも考えられないから、シグルズの顔くらいは知っているのだろう。
「あー、はいはい。名前くらいは聞いたことがあるよ」
ノエルに、合州国最強の赤の魔女に見下ろされながら、シグルズは何の緊張感もなく応えた。
「…………名前くらい、じゃないんじゃない? その、もっと何かあるだろう?」
ノエルの勢いは堤防にぶつかった波のように打ち砕かれた。
「何か……?」
――この人チョロそう。
シグルズは確かに色々と知っている。低地地方を守る塹壕線を壊滅させたのが彼女であること、そもそもこの遠征軍の司令官が彼女であることなどをだ。
が、それを素直に言うのはどこか癪であった。という訳でとぼけることにする。
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