迫る赤の軍団Ⅲ

「参謀総長閣下は先程、何故にヴェステンラントへの備えがホノファーなのかとお尋ねになりましたね?」

「あ、ああ。ドルプムンデでよいのではないかとな」

「その答えをお聞かせしますと、私がホノファーにヴェステンラント軍が襲来することを予期し、出来るだけ国土の奥に要塞を造りたかったから、になります」

「……ホノファーへの襲来を予測したのは分かった。だが、どうしてこんな危険を冒そうとしたのだ?」


 カイテル参謀総長は未だに腑に落ちていなかった。それならば尚更、より確実にヴェステンラント軍が通るであろうドルプムンデを強化しておけばいいのではと。


「その理由は単純です。出来るだけ国境から離れていた方が補給が滞りやすくなり、籠城が容易になるからです」

「――確かに」


 間違ってはいない。敵を奥地に引き込んだ方がより簡単に守れるというのは真理である。使える材料に制限があるのならより有効に使うべきだ。


「それに、ここまで引き込めばヴェステンラントも容易に撤退は出来ますまい」

「ん? それでは駄目ではないか?」


 死兵というのはロクなものではない。敵に逃げ道を与えておくのは兵法の常道だ。


「いいえ、閣下。我々の最終的な目的は勝利です。我が国と我が友邦を侵す悪しきヴェステンラントを神聖なる大地より追放することです」

「ま、まあ、それはそうだが」


 最終的な目標を問われば、まあそういう答えが出てくるだろう。とは言えそれは究極的な目標であって、今考えるべきことではない。そもそも今はこちらが攻め込まれている番なのだから。


「閣下はこう思われている。今は攻め込まれているのだから防衛のことだけを考えるべきであると」

「それはそうだろう。それに異論でも?」

「はい。我々は常にこの目的に向かって行動すべきです。全ての作戦はこの神聖なる目的の為にこそ立案されるべきなのです」

「…………?」


 ザイス=インクヴァルト司令官の意図するところが全く読めず、カイテル参謀総長は困惑するばかりであった。


「では申し上げましょう。私は、このを活かし、ヴェステンラント軍に壊滅的な打撃を与えるべきであると進言します」

「好機、だと?」

「はい。これは間違いなく好機です。我が軍は事実上、敵を完全に包囲したに同じ。ここで敵を追い返すだけなど、骨折り損も甚だしい。殲滅です。やるからには合州国を殲滅しなければならないのです!」


 常に冷静沈着なザイス=インクヴァルト司令官は、この時ばかりは気が高ぶっていた。彼も彼なりに、防戦一方なのを不愉快に感じていたのだ。


「うむ。面白い。面白いぞ、ザイス=インクヴァルト」


 他の面々が圧倒されている中、ヒンケル総統は手を叩いて彼を讃えた。総統がやり出したからには、ザイス=インクヴァルト司令官本人を除いた誰もが従わざるを得ず、司令官は拍手喝采で大絶賛された。


「ありがとうございます、我が総統。つきましては、より具体的な戦略を説明させて頂きたい」

「構わんぞ。続けてくれ」

「はい。まず、ヴェステンラント軍を殲滅する為、ブルグンテンとホノファーの間に敵を閉じ込めることを提案します」

「ほう。つまりはこの帝都をも戦場にせよと?」

「はい。ブルグンテンを守り切った後、敗退するヴェステンラント軍をホノファーの軍で押しとどめ、西方からの増援と合わせ挟撃、これを殲滅します」

「戦略的な挟撃という訳か」

「はい。仮に敵が大街道を通らずにドルプムンデを迂回した場合、恐らくは補給が切れるでしょう。故に、彼らは嫌でも決戦に応じざるを得ない。これを叩きます」

「なるほど。上手くいけば、確かに逃げ場を失ったヴェステンラント軍を殲滅出来る。だが、ブルグンテンで戦えるのか?」


 ブルグンテンはそれなりに要塞化されているが、ここまで敵国に攻め込まれることは想定されておらず、正直言って防備は十分とは言えない。


「そこは、都市であるという利を活かしましょう。入り組んだ地形であれば、魔導弩はそう脅威ではありません」

「ブルグンテンを戦場にせよというのか?」

「はい。我が国なればこそ、それは可能なのではないでしょうか?」

「…………」


 ヒンケル総統は難しい顔をして考え込んだ。ザイス=インクヴァルト司令官の言いたいことはすぐに理解出来たのだが、いざそれを実行しようとなると流石に気が引けるのである。


「総統閣下、国民の武装ならば、この親衛隊にお任せ下さい」


 貴族より貴族のような格好をした平民、カルテンブルンナー親衛隊全国指導者は言った。


「い、いや、それは待て。まだ兵士だけで賄える。だろう、ザイス=インクヴァルト司令官?」

「恐らくは。しかし、万一の為にブルグンテン市民が一丸となって戦う必要もありましょう」

「……そうか」


 一丸となって戦うなどと聞こえのいいことを言っているが、つまるところは訓練も受けていないただの市民に武器を持たせて戦わせるということだ。


「だったら、やはりホノファーで敵を止めるというのは駄目なのか?」

「いいえ、総統閣下。敵はいざとなればホノファーに押さえの兵を残してブルグンテンを狙うことも出来ます。首都直撃などという頭の悪いことを考え付く連中です。これまでの常識は通用しないと考えられた方がいい」

「…………分かった。詳細はザイス=インクヴァルト司令官に一任する。カルテンブルンナー全国指導者はザイス=インクヴァルト司令官に協力するように」


 かくしてゲルマニアは盾ではなく矛を振るうことにしたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る