迫る赤の軍団Ⅱ
「彼らは強い。とても強い。一人一人が一騎当千の兵士であるように見えます」
「そ、それがどうしたというのだ?」
そんなことは誰でも知っている。魔導士や魔女の力は圧倒的であり、物量差を以て押し潰す以外の対処法をゲルマニア軍は未だ知らない。
「これはつまり、僅かな補給だけで大軍を容易に動かせるも同義。このような無謀が、いえ、これが無謀でないことは、かねてより想定しておりました」
「だったら早く教えんか……」
ゲルマニア軍の場合、数十万の兵を動かさなければヴェステンラント軍には脅威とも見なされない。だがその数の兵士を長期間に渡って敵国の奥地に攻め込ませるなど到底不可能である。最初に防衛線を突破したとしても、食糧も弾薬も何もかもすぐに枯渇するだろう。
反対に、ゲルマニア軍からすれば一個師団にも満たない12,000という兵数は、それが魔導士であったのならば二十万のゲルマニア兵士に相当する。にも関わらず、彼らは一個師団分の補給さえあれば行動出来るのである。
国力では既にゲルマニアが優位に立っているものの、この差を埋めるには至っていない。単純計算ではゲルマニアが10倍の国力を持たねばならないからだ。
「つまるところ、今回の行動は決して無謀なものではなく、現実的な勝算を伴うものだということです」
「ではお前は、我が軍が負けることを言いに、わざわざここまで来たのか?」
見ようによっては敵を称賛しているとも言えるザイス=インクヴァルト司令官に、カイテル参謀総長は不快感を示した。
「参謀総長、ザイス=インクヴァルト司令官は我が国が勝てる策を持ってきたのだぞ。話は最後まで聞け」
「――失礼を。老人はすぐにかっとなってしまうもので」
「私は依然として君を高く評価しているがな。さて、では続けてくれ」
ヒンケル総統はザイス=インクヴァルト司令官に続きを促した。ザイス=インクヴァルト司令官はまた煙草を吹かすと、彼の戦略を語り出した。
「一言で言えば、ヴェステンラント人は馬鹿で賢いのです」
「――どういう意味だ?」
「もしも私がヴェステンラントの将官だったとして、このような危険な作戦は決して取りません」
失敗すればヴェステンラントは大量の騎兵を一気に喪失することになる。それを補填するのは容易ではないだろう。
「ですが彼らはこうして攻め込んで来ている。これは彼らの蛮勇の成せる業と言っていいでしょう」
他の一切合切を無視して首都を叩く。そんな馬鹿げた作戦を、ザイス=インクヴァルト司令官は蛮勇と評価する。
「しかしながら、彼らは作戦立案において十分な知性を持っています。戦略については損得計算が出来ていないと言わざるを得ませんが、いざ戦略が決定されればその実行については我々参謀本部と比べても遜色ないものがあります」
封建制がまだ残る社会とは言え、少なくとも作戦指揮権は大公やレギオー級の魔女に一任されている。指導者が暴走すればそれは蛮勇にも繋がるが、同時に効率的な作戦指揮を可能としている。
「それで?」
「つまり、彼らは実に合理的な、言い換えれば分かりやすい道を通って進軍して来ているということです」
「なるほど。具体的には?」
「ブルークゼーレからブルグンテンに至る最短経路を、正確には排除すべき拠点を通る最短経路となる大街道を、彼らは通ってきています」
ゲルマニア全土には鉄道網と同時に普通の道路も張り巡らされている。その中でも特に道幅が太く、大軍の――当然今回のヴェステンラント騎兵隊も――通過が可能なのが大街道である。もっとも、今では兵員の輸送には専ら鉄道が使われるが。
それは基本的に帝都ブルグンテンから放射状に延びており、その一本はブルークゼーレにも繋がっている。ドルプムンデを通るという寄り道はあったが、ヴェステンラント軍は基本的にこの大街道を通ってきている。
「確かに、今のところはそのように思えるな。だがこれからもそうなるという根拠は?」
ヒンケル総統は鋭い質問を投げかけた。これからヴェステンラント軍が最短経路ではない大街道を通る可能性、ひいては大街道から外れる可能性もある。
「確かに、その可能性は捨てきれません。私の読みが全く外れ、頓珍漢な道を通る可能性も」
「そ、そんな曖昧な策を持ってきたのか、お前は?」
カイテル参謀総長は確実性を求める人間だ。そんな危険を抱えていることを許容出来なかった。だがザイス=インクヴァルト司令官は不敵な笑みを浮かべるのみ。
「戦争に、いやこの世界に、絶対などというこのは存在しません。1秒先の未来すら、我々は予見することは出来ません」
「それはそうかもしれんが……」
「それ故に、我々が志向するべきは勝利の確率が最も高い道。異論はありますかな?」
ザイス=インクヴァルト司令官は会議室の面々を見渡した。数十秒待つが、誰も声を上げようとはしなかった。
「ありがとうございます。私はまず、ヴェステンラント軍のこれまでの作戦を顧みて、ドルプムンデからは迷いなく最短の街道を通ってくると確信しております」
その最短の街道はホノファーを通っている。
「さて、ここまでで私の頭の中を大方説明し終わりました。話を戻しましょう」
ここまでの会話は議論でもなんでもなかった。ザイス=インクヴァルト司令官が数ヶ月前までに思いついていたことを説明してあげただけなのである。
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