第十三章 ブルグンテン進軍
迫る赤の軍団
ACU2310 3/23 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「申し上げます! ドルプムンデ守備隊は全滅! 同要塞は陥落しました!」
「そ、そうか、分かった……」
ヒンケル総統は生気のない声で辛うじて返事をした。
ドルプムンデはブルークゼーレから東に進むと最初に現れる大都市である。ルシタニア等との戦争に備えて要塞としても整備されていたのだが、これがたったの一日で陥落してしまった。
赤の魔女ノエルによる侵攻と、絶望的な戦況。総統官邸は重々しい空気で満ちていた。
「ドルプムンデが落ちたとなれば……次はどこだ?」
「次と言うと、かなり東になりますが、ホノファーが、最後の砦になるでしょうな。もっとも、迂回される危険性もありますが……」
軍部の最長老、カイテル参謀総長は言いにくそうに応えた。ホノファーはドルプムンデとブルグンテンの間にある要衝だが、ヴェステンラント軍がここを通ってくれる保証はない。
「ホノファーか、或いはここか」
「はい。ブルグンテンとの間に大きな要塞はありません」
国境を古今東西で類を見ないほど厳重に武装し喜んでいたのも束の間。それが突破されればゲルマニア本土の防備は非常にスカスカであった。
「何とかしてホノファーで時間を稼ぎ、敵の物資が途絶えるのを待つ。或いはブルグンテンで籠城するしかないでしょうな」
「それも出来るかどうか……」
正直ってその計画が上手くいくかは疑問だ。何せ、先程陥落したドルプムンデも、本来ならば2週間は耐える予定だったのだから。
「それにしても、ドルプムンデは落ちたが、ブルークゼーレは未だに耐えているのだな」
「確かに、それはそうです」
「これはどうしてだ?」
「それは……まあ、ザイス=インクヴァルト司令官の采配によるところでしょう」
カイテル参謀総長はザイス=インクヴァルト司令官を褒めたくはなかったのだが、嘘を吐く訳にもいかなかった。彼の個人的な能力でブルークゼーレ基地が守られているのは間違いないだろう。
「これはこれは、参謀総長閣下にお褒めに与れるとは、恐悦至極にございます」
「は? ヴィルヘルム!?」
カイテル参謀総長は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
そこにいたのは紛れもなく、ヴィルヘルム・オットー・フォン・ザイス=インクヴァルト西部方面軍総司令官その人であったのだ。
「お前はブルークゼーレ基地にいるのではなかったのか?」
「あそこで立て籠もっているだけでは暇で暇でしょうがなく、こうして帝都に舞い戻って来ました」
「……どうやったのだ?」
ブルークゼーレ基地は白の魔女クロエが率いる3万近い軍勢によって完全に包囲されていた。そこから脱出するなど不可能な筈。
「基地には抜け道の一つや二つは設けておくものでしょう」
「そんな話は聞いたことがないが?」
「敵を騙すにはまず味方からと言いましょう。どこから敵に情報が洩れるかは分かりませんから」
ザイス=インクヴァルト司令官は不敵な笑みを浮かべながら。
「ま、まあ、それはいい。お前がいなくともブルークゼーレ基地の防衛は出来るのだな?」
「はい。私が手塩にかけた基地はそう簡単には落ちません」
「そ、そうか」
実際のところは、侵攻を受けることを想定していなかったドルプムンデと現実的な可能性として籠城を視野に入れていたブルークゼーレとの差である。
またそれは、ブルークゼーレ基地が持ちこたえられている理由がザイス=インクヴァルト司令官個人の才によるものではないことも意味している。
「ブルークゼーレ基地に関してはそうですが、私も後方の要塞にまで手が回っておりませんでした。この点については陳謝させて頂きます」
と、全く反省していない様子で。
「それで? 君のことだ。ここにわざわざ来たからには、何か策があるのだろう?」
ヒンケル総統はザイス=インクヴァルト司令官の為人をよく理解している。彼は無意味なことに労力を費やすような男ではない。
「勿論です、総統閣下。ではまず、ブルグンテンに至る道の話をしましょう」
そう言いながらザイス=インクヴァルト司令官は煙草を吹かす。
「私は残念ながらドルプムンデまでは手が及びませんでしたが、ホノファーならば既に更なる要塞化を進めておりました。まずはここで時間稼ぎをするとよいでしょう」
「それは付近の交通整備を目的とするものだと聞いていたが……」
「それも方便です。本来の目的はヴェステンラント相手に殴り合う為のものでした」
「まったく。予算の横領になりかねないぞ」
「総統閣下ならご理解いただけると思いましたので」
「ふっ。それもそうか」
実際、ヒンケル総統にそれを咎める気はなかった。横領罪で訴えられても総統の権限でもみ消す所存である。
「しかし、ヴェステンラントへの備えが、どうしてホノファーなのだ?」
カイテル参謀総長は尋ねた。ヴェステンラントへの備えとするのなら、それこそ前線に比較的近いドルプムンデを堅固な要塞にしておくべきだと、普通は考える。
そうしていなかったせいで、ヴェステンラント軍は本土の奥地へと攻め込もうとしているのである。
「理由ですか。それは私がこの事態を予見していたから、ということになります」
「予見していた? こんな馬鹿げたことをか?」
誰も首都を真っすぐ目指して突進してくる馬鹿な軍隊がいるとは思わなかった。それ故に対応が全く出来ていない訳だが、この男は違うというのだ。
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