ヴェステンラントの大船Ⅱ
「皆の者、前に出ろ!!」
九鬼形部嘉信は悲壮な声で叫んだ。
「わ、私の船があ……」
「そう気を落とされないで下さい」
「これが落ち込まずにいられるか! 鉄甲船をこんな風に使うなど……」
鉄甲船で大船を無理やり食い止めよと晴虎からの命が下った。つまりは体当たりで止めよということに他ならない。鉄甲船を捨て石にせよということに等しいこの命令に、守銭奴の嘉信は非常な反感を持っていた。
「でしたら、晴虎様に訴えますか?」
「い、いやー、それは止めておく」
同時に晴虎に訴える勇気もやはりなかった。内弁慶という奴である。
鉄甲船は密集し、大船の正面に立ち塞がった。鉄甲船と比べても大船は非常に巨大である。
「つ、突っ込め!」
曉の作戦と同様、鎖で繋いだ三隻の鉄甲船が大船に衝突した。鈍い音がして、次に木が折れていく音がした。大船もこれで止まるかと思われたが――
「う、嘘だろ……鉄甲船が……」
鉄甲船もまた、先端から両断されつつあった。聞いたことのないような轟音がして、大船の先が鉄甲船の中に食い込んでいくのである。どうやら鉄甲船を使っても無意味らしい。
だが、ここで嘉信はあることに気が付いた。
「おかしいぞ……」
「どうしました?」
「あれはまるで、水中から裂けているようだ……」
船同士がぶつかって片方の船が真っ二つになるというのは、大船と小舟の間では全くないことでもない。そういう時は普通、当然のことだが触れ合っている部分――水上に出ている部分から割れていく。
だが今回は違った。水上の構造が接触する前から鉄甲船は軋み始めていたのである。仮にも水軍の棟梁である嘉信は、確かにそれを見抜いた。
「それはつまり……どういうことです?」
「だから……水の中に何かがあるのだ。何かは分からないが……」
「はあ……」
それが何なのかは分からないが、かなり頑丈な何かが水中に隠されていて、それが船を砕いていると見るのが妥当だろう。
「そうだとすれば……我らの船は喫水下が弱い」
「はい」
鉄甲船とて船体の全てを鉄で覆っている訳ではない。そもそもの目的が防火であるのだから、水面より下に装甲を貼ろうという発想はなかったのである。それに鉄甲船に限らず、この世界の船で喫水下の防御を考えて設計された船なぞ存在しないだろう。
「だとすると、鉄甲船ではどうにもならんぞ……」
「そう、ですね……」
その時、大船を押さえていた鉄甲船が完全に破壊された。
「ど、どうされますか?」
「真ん前からやりあうのは無駄だ……だったら横から止めるぞ!」
「承知!」
「これ以上鉄甲船を沈められては金がもったいないからな」
嘉信が仔細に命じるまでもなく、九鬼水軍は動き出した。大船を鉄甲船が左右から挟み込む。
「縄を撃ちこめい!」
そして大砲に縄が付いた大きな矢のような砲弾を込め、一斉に撃ちこんだ。それは大船に引っ掛かり、鉄甲船と強制的につなぎ合わせる。
まるで大船を鉄甲船が曳航しているような格好になった。
「全力で後ろに向かって漕げ!」
「「「おう!!」」」
つまりは鉄甲船を錨にしてしまえばよいのである。重さでは鉄甲船を合計したものが明らかに優っており、このまま漕ぎまくれば大船の動きも止められる筈だ。
そして想定通り、大船は目に見えて減速し始めた。
「よし! いけるぞ! この――」
「嘉信様! 上を!」
「上? あっ!」
大船の甲板から千にも迫る魔導兵が顔を出し、弩を鉄甲船に向けていた。こうなるのは当たり前である。
「忘れてた! 隠れろ!」
嘉信は船内に飛び込んだ。
「ひっ」
その瞬間、嘉信のいたところに矢が飛来した。一瞬でも遅れていては死んでいた。
「嘉信様、お怪我は!?」
「あ、ああ、私は大丈夫だ。皆は無事か?」
「ええ、何とか」
間一髪、全員が船内に隠れることが出来た。弩砲でも貫けないこの装甲。個人の魔導弩程度では歯が立たない。
が、こうなると問題が生じる。
「これでは後ろに向かっては漕げません……」
「そ、そうだな」
片方にしか漕ぎ手がいないとなると、後ろに進むのは不可能だ。作戦は失敗である。
「しくじった……」
「大船は速さを増していますね……」
「一体どうやっているのだ……」
帆が風を受けている様子も、櫂が水を押している様子もない。本来は速度を維持することすら出来ない筈であるのに、大船は加速していた。
「縄が切られました……」
「またか……」
攻撃が余りに激しく、こちらの兵力で矢合わせを行うことは不可能。そうなれば、鉄甲船と繋がっている縄は切られるだけだ。
鉄甲船は完全に振り切られた。元々速度の遅い鉄甲船ではあの大船には追い付けない。
「し、しかし、まずいな……」
「え、ええ……」
「晴虎様が……」
晴虎の大将船は目の前だ。
大将船の周囲にあった数隻の船は最後の抵抗を試みた。だが、鉄甲船すら跳ね除ける大船には無力。
僅かな護衛すら沈められ、ついに裸城となった晴虎の大将船に、大船は突っ込んでいく。大八洲の最高指導者の船だ。
「ま、まずいぞ……私のせいにされるかも……」
「心配するべきはそこではないのでは……?」
「いや、まあ、そりゃあそうだが……」
九鬼水軍は指をくわえて眺めていることしか出来なかった。そして――
「ぶ、ぶつかったぞ……」
「沈んでいます……」
大将船は粉砕され、水底へと沈んでいった。晴虎の旗であった懸れ乱れ龍の旗は、偶然にも嘉信の船に流れ着いた。
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