晴虎本隊の前進
「ふ、ふふふ」
「何……?」
体を不自然にくねらせながら、シャルロットは笑った。すぐ傍から幽鬼のような声が響き、晴政に戦慄が走る。
「ねえ、心臓を突いたくらいで私が死ぬと思ったの?」
「ば、バカな! そんなバカなことがあるか!!」
晴政はやけになってシャルロットに刺さった刃をそのまま捻じり回した。その度に肉は裂け肌は裂け、血は溢れ船に滴っていく。
「ね? 心臓? そんなものに何の意味があるの?」
「何なのだ……貴様……」
心臓は人間が生存する上で不可欠だ。心臓が鼓動することで血液が全身に行き渡り、栄養分や老廃物を運搬している。そのくらいのことはこの世界の医学でも知られている。
それ故に、どう考えても動く筈のない少女が平然と動いていることに、晴政は悪寒を感じざるを得なかった。
晴政は心臓を抉るのが無駄だと判断するとすぐさま飛び退いた。シャルロットの胸からはなおも血が流れ続けている。
「どうして生きているのだ、貴様は?」
「教えなーい。でも、これでまた一つ私のことが分かってよかったわね」
「――そうだな。まったくだ……」
心臓を貫いたくらいでは死なないことが分かった。それが無理なら、一体何を試すべきか。選択肢はまだ一つ残っている。
「では、脳味噌を貫かせてもらおうか」
「ああ、そう。じゃあやってみれば?」
シャルロットは両腕をもたげて降伏するみたいな格好をした。晴政は意表を突かれて一瞬だけ固まってしまった。だがそれ以上迷うことはなかった。
「ほう。ならば死ね」
若干不安定な格好になりながら、晴政はシャルロットの頭に刀を突き刺す、筈だった。
「折れた!?」
「ほらね」
彼女の頭蓋骨に叩きつけた途端、童子切はぽっきりと折れてしまった。
「お前は石頭か……?」
「石? 石よりも堅いわよ?」
「……それもそうか」
シャルロットの爪は石くらい簡単に切り裂く。頭蓋骨はそれよりも堅いのだから、石頭どころの騒ぎではない。
結局、頭と心臓という人間の際たる弱点を突く試みは無駄に終わった。出血多量で死ぬとも思えず、万事休すである。
「まあ、でも、そろそろ飽きたわ。じゃあねー」
「お、おい、ちょっと待て!」
シャルロットは飛び去った。たちまち距離が離れていく。
「おい、桐!」
晴政は近くで待機していた桐に向かって叫ぶ。
「何!?」
「俺を連れて奴を追え!」
「あんたを連れてあんなに速く飛べないわよ」
「別に今すぐ追い付けという訳ではない」
「じゃあ敵の本陣に乗り込む気? 馬鹿なの?」
「クソッ……」
シャルロットは撤退したが、決着は付かなかった。
「伊達の船に戻るわよ。あまり状況はよくないわ」
「……分かった」
村上水軍は棟梁を失って戦闘能力を大いに減じ、反対にヴェステンラント軍は勢いを盛り返しつつある。晴政は伊達の兵の指揮に戻った。
○
「晴虎様、お味方が押されているようです」
「で、あるか」
そんなこと、わざわざ言われるまでもない。晴虎の目ならばそのくらいの判断は諸将の報告を聞かずとも可能だ。
「長尾右大將、甘粕
「はい」
「何でしょうか?」
晴虎は白装束の少女曉と朱雀隊侍大將の甘粕蘇祿太守虎持を呼んだ。
「これより我らも打って出る。すぐにかかれ」
「承知しましたわ」
「承知しました」
現在の状況を整理しよう。
大八洲艦隊は大きく三つに分かれている。即ち、朔の率いる左翼艦隊、信晴の率いる右翼艦隊、そして晴虎の率いる中央艦隊である。これらはヴェステンラント艦隊を半包囲するような陣形を取っている。
現状、左翼と右翼は白兵戦を主体とした激しい戦闘を繰り広げているが、中央は鉄甲船を前面に立てて防御的な戦いをしている。つまりまだ多くの疲弊していない戦力を温存しているのである。
晴虎はついに、虎の子の戦力である中央艦隊を投入することを決意したのだ。
○
「九鬼形部、どきなさい」
『は、はい……』
曉が低い声で命じると、嘉信はすぐに鉄甲船を移動させた。
『こんな扱いはあまりにも――』
「何か言った?」
『いいえなんでも』
「そう。そこら辺で見物でもしていなさい」
『ははあ……』
鉄甲船をどかした後、曉の率いる麒麟隊は全速力でヴェステンラント艦隊に突っ込んだ。
「撃ちかけよ! そして乗り移れ!」
鉄甲船との撃ち合いで疲弊した艦隊に、意気を持て余している武士どもが無数の矢を撃ちかける。ヴェステンラント兵はロクな抵抗も出来ず、次々と討ち取られていった。
「飛鳥衆、前へ! 楔を撃ちみなさい!」
翼を持つ者同士の戦いが始まるが、大八洲の戦力は圧倒的であり、勢いもある。健気に抵抗するヴェステンラントのコホルス級魔女はすぐに全滅し、空は武士の独壇場となる。
空からの掩護は船上での抵抗をより困難にし、その隙を突いて大八洲勢は次々と船を制圧していった。
○
麒麟隊や晴虎の大将船も前進していた。晴虎はあえて采配を下さずとも諸将はよく動き、ヴェステンラント艦隊はいよいよ追い詰められつつある。
「ここまで来ても動かぬか」
「ですね……」
晴虎の視線の先にあるのはヴェステンラントの巨大船である。ヴェステンラントがあの船を動かさない理由を晴虎は理解しかねていた。
「晴虎様、あの見た目はもしや、音に聞くところの『イズーナ』なる船ではありませんか?」
ヴェステンラントが新たに前代未聞の大船を建造しているとの噂はかねてより流れていた。
「我に聞かれても分からぬよ」
「し、失礼を……」
火のない所に煙は立たぬ以上、それが魔導戦闘艦イズーナである蓋然性は高いが、断定も出来なかった。
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