八艘飛びⅡ
「お館様、敵は巻き返して来ているようです」
「そのようであるな」
右翼の総大将である信晴は渋い顔をして戦場を見据えていた。シャルロットによって小早に大損害が与えられた結果、敵は混乱を収めつつある。
また敵味方が入り乱れていることで鉄甲船からの砲撃が使えず、後方に隠れていた小型、大型船も前線に出てきた。まだ無傷の戦力である。
「改めて陣形を整えよ。今のままでは乱れ過ぎだ」
「はっ」
功に走る諸大名の軍勢は敵の奥深くまで入り込んでいる。ここで反撃を食らえば一気に形勢を逆転されかねない。
一応は同席という扱いである諸大名も、大八洲で最大の大名である信晴には逆らえず、已む無く後退。信晴の命じた通りの秩序が回復しつつあった。
○
一方その頃、シャルロットが出没して小早を荒らしまわっているという報を晴政は聞きつけた。
「ほう。また奴が来たか」
「どうする気?」
「決まっておろう。この童子切を以て、奴を今度こそ殺す」
ヌガラ島ではついに使う機会がなかったが、正宗に作らせた特別堅い刀――童子切を使うべき時がついに来たようだ。
「でも、どうするの? あいつは船の間を飛び回っているらしいけど」
晴政は桐のように空を飛び回れたりはしない。彼の鬼道は身体能力を強化する程度のものに留まる。
「それは無論、お前に連れていってもらうぞ、桐」
「え?」
空を飛べる桐が晴政を連れていけばいい。簡単な話である。
「何がおかしいのだ? 当家で一等空を飛ぶのが上手いのはお前だ、桐」
「あ、そ、そう。ありがとう……」
「で、どうなのだ?」
「勿論いいわよ。それが私の役目だからね」
鬼庭家は伊達家に代々仕えてきた家系。伊達家の当主の命に従うのは当然のことである。
「まあ、それであんたが死ねば伊達家の為よ」
「ご期待に沿えればいいが……」
「そ、そう……」
晴政は本気だ。それを察した桐は減らず口を叩くのを止め、黙って晴政を抱きかかえながら飛んでいった。
○
「久しぶりだな、シャルロット」
桐に乱暴に投げ落とされた晴政は、すぐに体勢を立て直して抜刀した。狭い小早の上で両者は相対する。
「あら、久しぶりね、ええと……」
と、突然沈黙が訪れた。シャルロットは晴政のことを本気で覚えていないらしい。
「……伊達陸奥守晴政だ」
「ああ、そうそう、晴政ね。今度は死にに来たの?」
「顔くらいは覚えていたか」
「ええ。でも、せっかく生き延びたのに、わざわざ死にに来る人なんて初めてだわ」
「何を言っている? 俺はお前を殺しに来たのだぞ?」
「へえ、そう」
シャルロットは何を思ったか不気味な笑みを浮かべた。そしてすっかり黒ずんだ爪を見せびらかす。
「じゃあ、さようなら!」
シャルロットは矢弾のような勢いで晴政に斬りこんだ。
「二度は効かぬぞ!」
が、その爪は晴政の刀に弾かれた。刀に折れるような気配はない。
「あらあら、いい刀ね。でも、これならどう?」
シャルロットは間髪入れずに斬りかかり、晴政はそれを受け止める。それを三度、四度と繰り返す。それでも童子切は刃が欠ける様子すらない。
十数回打ち合って、それでも勝負はつかなかった。シャルロットも晴政も、上手く隠してはいるが体が軋む。
「そう……本当にいい刀を作ったのね。大八洲の技術も捨てたものじゃないわ」
「貴様らの豆腐みたいな刀と我らの刀は違う」
「豆腐? そうね、確かに。ヴェステンラントの剣はすらすら切り落とせるもの」
大八洲の刀匠が玉鋼から作る刀は天下一のものである。これも或いは両軍の戦力差の一因かもしれない。
そこで、晴政は一つ思い出した。
「そう言えばお前、前に手を斬り落とした筈だが」
「ああ、これ?」
シャルロットは特に変わった様子のない右手を掲げた。それは以前晴政が斬って落とした筈のものである。
「手も生えてくるのか、お前は?」
「ええ。手の一つや二つ、簡単に作れるわよ」
「――気持ち悪い奴め」
しかしこれはよくない。この調子だと腕や脚を落としたとしても簡単に生やしてくるだろう。普通の手段ではこいつには勝てない。
「大変なことを知って、どうするの? 諦める?」
「馬鹿を言え。この俺が貴様如きに負けを認めるとでも?」
「認めないだろうけど、負けを認めた方がいいと思うわよ?」
「心配しているのか?」
「さあ?」
だがシャルロットの言うことも一理ある。晴政は腕や目を失えばそれまでだが、こいつはいくらでも元に戻せる。そんな相手と真っ当に戦うべきではない。
――なれば、一突きで殺すしかないか。
再生する暇も与えずに一撃で殺す。シャルロットも人間である以上、致命的な弱点は変わらない筈だ。もうこの方法に賭けるしかない。
晴政は呼吸を整えシャルロットを正面に捉えた。
「へえ。まだ来るの?」
「――そこだ!」
晴政は剣術の作法などかなぐり捨て、ある一点を貫くべく突進した。
「!?」
シャルロットの顔が一瞬歪んだ。異常な再生能力を差し引いたのならば晴政の戦闘能力の方が高い。彼女は晴政の突きを阻止しかねた。
「もらったぞ」
ぐさりと刃が突き刺さる。血が刀を伝い、晴政の手を汚した。それは紛れもなく人間の血である。
「心臓だ」
晴政はシャルロットの心臓を正確無比に貫いたのだ。
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