八艘飛び
「そんなもので私を止められるとでも!?」
「怯むな!」
シャルロットは非常に小柄で、大半の武士と比べても、普通は簡単にねじ伏せられる子供のようにしか見えない。だが、いざ戦うとなると、彼女が発する悪鬼の如き殺気に侍は恐れおののいてしまうのである。
「つ、突っ込むのか!?」
シャルロットは飛んできた勢いを一切緩めず、体よりも長い髪をたなびかせながら、武田の兵が作った壁に真正面から激突した。
吹き飛ばされたのは屈強な武士の方である。紙人形を台風が煽ったような勢いで、彼らはいとも簡単に跳ね飛ばされた。シャルロットは兵士を殺すことには興味を持たず、邪魔なものをどかしていた。
その先にいるのは武田の当主信晴。彼はここまでされても焦りもせず、鋭い眼光で戦況を見据えていた。
ここまでで数秒の出来事。
足輕はほとんど役に立たず、兵の壁はたちまち破られ、シャルロットは信晴の元に飛び込んだ。
「取った!!」
「それはどうかな」
シャルロットは渾身の勢いで短刀のような爪を振り下ろした。が――
「何!?」
その爪は何かに弾かれ、信晴の体に傷を付けることすら叶わなかった。
「そ、それは何かしら?」
「これも知らぬのか?」
信晴は堂々とした様子で、手に持っていたそれを掲げた。
「これは軍配だ。ヴェステンラントでは指揮刀か旗がこれにあたるか」
「そう……」
将軍が家臣に命令を下す時に使うそれ。無論それで戦うことは想定されていない。などと、信晴は懇切丁寧に軍配というものについて教授した。まるで寺子屋で童に文字でも教えるように。
信晴が全くもって怯えないことにシャルロットはうんざりしてきた。何というか、すっかりやる気をなくしてしまった。
「どうして将軍のくせにどいつもこいつも強いのよ」
「大将たるもの、己の武を磨くべきだ」
「……面倒臭い奴らね、ほんと」
「そうまで言うのならば、さっさと東亞を開放すればどうだ?」
「知らないわよ、そんなの」
そこら辺を決めるのは妹の青公オリヴィアと黄公ドロシアである。シャルロットに決定権がないのはまず事実。
まあそんなことはどうでもいい。問題は、大八洲の将軍の格闘能力が非常に高く、大将を討ち取って戦を終わらせるというシャルロットの得意技が通用しないことである。
「はあ。興が醒めたわ。じゃあねー」
シャルロットは翼を広げて逃げ去ろうとする。
「逃がすな! 撃て!」
すかさず信晴の家臣が矢を撃ちかけるように命じ、兵士らは一斉に弓を構えた。
「止めておけ」
が、信晴の声に遮られた。
「ど、どうしてですか、お館様!
「矢の無駄だ。弓矢でどうにかなる相手ではない」
「し、しかし…………」
「軍勝、五分を以て上と為す。これこそが上の戦だ」
「――はっ」
シャルロットは無事に飛び去った。信晴に怪我はなく、家臣の討ち死にもなし。しかし信晴の顔は逆に険しくなった。
「ど、どうされましたか?」
「あのシャルロットとかいうもの、村上のところに向かったやも知れぬ」
「そ、それは、大変では!?」
「うむ。小早では奴に太刀打ちも出来ないであろう」
信晴はシャルロットの次の狙いが村上水軍にあると見た。そして、それはすぐに現実となってしまった。
○
ある小早の先っぽに少女が飛び乗って来た。船が前後に揺れるのも気にせず、船員たちは唖然として彼女を見つめる。
「お、お前はまさか……!」
「ええ。初めまして。私は青の魔女シャルロット。そして、さようなら!」
シャルロットは船の尾部に向かって跳んだ。そしてすれ違いざまに船上の武士を一人残らず斬った。死体が次々と海中に投じられる。
その光景を見ていた近くの船は慌てて距離を取ろうとする。が、シャルロットに目を付けられてしまった。
「逃げようなんてしないでよ?」
「と、とんだ!?」
シャルロットは無人となった船から猛獣のように飛び上がり、舞子のような華麗な仕草でその船のへりに舞い降りた。
「く、来るな!」「止めろ!!」「うああ!!」
「ふふふ。楽しいわー」
元々軽装備であった村上の武士はたちまち虐殺された。シャルロットは終始笑顔を浮かべていた。彼女の爪から滴る血は、一体何人のものが混ざっているのだろうか。
その後もシャルロットは船の間を飛び跳ねまくり、武士を殺戮した。
○
「そうか。奴がシャルロットとかいう奴か。飛び魚みたいに跳ね回ってやがる」
惨状を報告された虎吉は、自ら小早を漕いで彼女を打ち倒しに来た。殺された仲間の無念を晴らさねばならない。
荒々しい男が多い――誰一人として小柄な少女に手出しも出来なかったが――村上水軍の中でもひと際目立つ偉丈夫。彼の姿を一目見て、シャルロットはそれが大将であると確信した。
八艘分くらいはまだ間があったにも関わらず、シャルロットは虎吉の小早に飛び移ってきた。飛行の魔法ではなく、本当に飛び跳ねていた。
「あなた、こいつらの大将ね?」
「いかにも。我こそは村上兵部虎吉! さあかかってこい! 貴様なんぞこの俺の敵ではない!」
虎吉は刀を抜き、正々堂々とシャルロットに挑戦した。波に揺られる不安定な足場も、彼にしてみれば得意の狩場である。
「じゃあ、遠慮なく!」
シャルロットは笑いながら虎吉の懐に飛び込んだ。すぐさま刀が無残にも折れる音がした。
「う――」
「あら?」
虎吉は腹に一太刀食らい、あっさりと倒れた。血が船を赤く染め、内臓が零れ落ちる。
「そう。残念。もうちょっと張り合いが欲しかったけど」
「お、お前!」「よくも虎吉様を!」
激昂した虎吉の家臣が一斉にシャルロットに襲い掛かった。
「あらあら」
が、残されたのは彼らの死体だけであった。
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