第九章 ヌガラ島攻略

ヌガラ島上陸

 ACU2309 9/28 蘇祿國


 カンカンと鉄を叩く音が響き、炉の熱気で蒸し風呂のようになった工房。そこを訪れたのは伊達陸奥守晴政である。


「正宗、刀は出来たか?」

「へい。勿論ですぜ、晴政様」


 この職人気質の若い男は三郞入道正宗。伊達家に代々付き従っている刀工である。


 彼は晴政の行くところのどこにでも随伴しており、こんな大八洲の南端でも工房を借りて刀を作っていた。


「こいつです」

「ほう」


 正宗は晴政に出来立てほやほやの(無論物理的には冷めている)刀を手渡した。


 晴政はそれを取ると、早速鞘から抜き、隻眼でじっくりと眺める。ちょっと刀身を触ったりもしてみた。


「美しい刀であるな」

「そいつはどうも」

「……」

「……」


 晴政は黙り込んでしまう。と言うのも、晴政は剣術は得意でも刀そのものについてはあまり詳しくないのである。さっきまで分かっている風を吹かせていたのも、主たる目的はかっこつけであった。


「えっと、晴政様。晴政様のお望み通り、とにかく強い刀を作らせてもらいました。その代わり、切れ味は少々悪くなってしまいましたがね」


 これはシャルロットを殺す為だけに作らせた刀だ。どんな強い力で殴られようと折れない刀。晴政はそういう注文を付けたのである。


 彼の片目を奪ったあの悪鬼の爪とも鍔迫り合いが出来るように。


「そ、そうか。礼を言うぞ」

「こいつも商売ですから」

「そうだったな。ほら」

「毎度あり」


 晴政は代金を出した。伊達家に仕えているとは言え、正宗は一切の値引きをしないのである。


 因みに、ちゃんとした値で買ってくれないのなら出奔すると彼は明言している。


「そうそう。勝手ですが、手前の方でこの刀に名を付けさせてもらいやした」

「ほう。何というのだ?」

「名付けて、童子切どうじきりですぜ」


 正宗は紙にその漢字を書いて見せた。用意周到なことだ。


「何? 俺にわらべでも切れというのか?」


 文字通りの意味で解釈すればそういうことになるが。


「いえいえ、そういうことじゃありませんぜ」

「では、何だと言うのだ?」

「童子っていうのは、酒吞童子とか茨木童子とか、そういう時に使う童子ですぜ」


 いずれも、古代の昔に大八洲を荒らした鬼の名前である。


「なるほど。鬼切という訳か」

「へい。晴政様が鬼を斬りたいと仰せになったのを使わせてもらいました」

「ふっ。頭の回る奴だな」


 正宗も晴政の目的は理解している。シャルロットを童子に例えた訳だ。


「では、この刀は使わせてもらうぞ」

「代金は頂いておりますから、晴政様のお好きなように」


 かくして晴政は、この刀を携えて南方へと向かった。


 ○


 ACU2309 10/1 マジャパイト王国 ヌガラ島北海岸


 場所は地球で言うところのカリマンタン島の北部。大八洲の大艦隊はついに、マジャパイト王国への侵攻を開始した。


「前方に敵の船団を発見しました!」

「様子はどうだ?」


 晴虎は落ち着いて戦場を俯瞰している。


「敵の軍船は、東西の軍船が入り混じっているようにございます。寄せ集め、といった感じでしょうか」


 黒衣の少女、朔は見たところをそのまま述べた。マジャパイト側の軍船は和船やガレオン船が入り混じっており、統一性がない。それに陣形も乱れているようだ。


「何かの罠、ということはないでしょうか……」


 余りにも雑な軍隊に、朔は逆に不安を覚えた。こちらの油断を誘っておいて、何らかの奇策を用意しているのではなかろうかと。


「ないな」


 が、晴虎は即座にそれを否定した。


「これはマジャパイトが使えるものをかき集めただけのもの。何ら恐るるに足らず」

「そ、そうでございましょうか……」

「我を、信じられぬか?」


 晴虎はゆっくりと、諌めるような口調で。


「そ、そのようなことは! ――分かりました。こちらから仕掛けるということで、よろしいですか?」

「構わぬ。各々思うように戦をせよと、諸将に伝えよ」

「承知致しました」


 晴虎は、自分が軍配を持つ必要すらないと判断した。諸大名の水軍に任せておけば何ら問題はなかろうと。


 ○


「ほう。勝手にやれと」

「そのようです、晴政様」


 晴政のところにもその連絡は届いた。


「なれば、思う存分やらせてもらおう。一番槍は我らだ! 進め!」


 伊達の軍船およそ八十は全速力で前進を開始した。また、それにつられるようにして、その他の大名も動き出す。


「桐、奴らを空からいたぶってやれ」

「分かったわ」


 桐は飛鳥衆を率いて飛び立ち、マジャパイトの船団の頭上に陣取ると、集中砲火を開始した。マジャパイト側はそれへの応戦で手一杯のようだ。


 その間に軍船の距離は詰まっていく。


「矢を撃ちかけよ!」


 ある程度まで近づけば、まずは船上の敵に矢を浴びせる。


 反撃は来ず、マジャパイトの兵は更に慌てふためくばかり。


「つまらぬ奴らだ。もっと張り合いがなければ戦にならんぞ」

「だよなあ、兄者」

「お二人とも、お味方の討ち死にが少なくなることを喜ばれるべきかと」

「そうだな。皆の者、このままマジャパイトの奴らを蹴散らせい!!」


 軍船はついに接触する。


「乗り込むぞ!」

「「おう!!」」


 敵の軍船との間に梯子をかけ、伊達の兵は次々と乗り込んでいく。


 マジャパイト側も抵抗はしたが、鍛え抜かれた大八洲の武士には全く敵わず、たちまちに蹂躙されていった。


「船を二十ほど、我らのものと出来ましたな」

「そうだな。いい商売だ」


 マジャパイト王国にとっては上陸を阻止出来るか出来ないかの大戦。だが、あっという間にその船団は壊滅していった。

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