ヌガラ島上陸Ⅱ

 その暫く後。マジャパイトの攻撃は完全に途絶えた。


「マジャパイトの軍船はことごとく焼き払いなさい! 奴らの汚らわしい船を、一隻も残すな!」


 晴虎が親衛隊――麒麟隊隊長の長尾右大將曉は叫んだ。


 数百隻からなる大八洲の整然とした艦隊と、燃え上がるマジャパイトの艦隊。上杉家先鋒の麒麟隊は、一人として助けることはなく、無慈悲に船を沈めていった。


「晴虎様、敵の軍船は完全に壊滅しましたわ。後は、晴虎様の望まれるままに」

「よくやった。では、朔よ」

「はい」

「ヌガラ島に上陸し、陣を敷け。後に我も続く」

「承知しました。行って参ります」


 まずは長尾左大將朔が率いる先行部隊が強襲上陸をしかけ、安全を確保した後に本隊を悠々と上陸させる。


 上陸作戦は前回の真珠湾攻撃で経験が出来た。今回はより上手く運べるだろう。


「飛鳥衆、わたくしに続きなさい! 敵を攪乱します!」

「「おう!!」」


 艦隊からおよそ千の武士が飛び立ち、渡り鳥の群れのようにヌガラ島を襲う。


 ――敵は……およそ五千。


 その中身はマジャパイト人だけの粗末な軍隊。陣形だけは立派な三日月型の陣――鶴翼の陣を敷いているが、弛緩しきった人の様子を見て、ちょっとつつけばすぐに崩れるだろうと朔は判断した。


「攻撃を始めなさい!」


 飛鳥衆は散り散りになり、鶴翼の陣の要所要所に爆撃さながらの攻撃を加えていく。派手な爆炎を上げたり、それを水の鬼道を組み合わせて白煙を上げたりする。威力よりも見た目を重視した攻撃だ。


 相手が訓練された軍隊ならば何の問題にもならない攻撃である。だが、相手が素人も同然ならば話は別。


 見た目だけならこの世に終わりでも来たのかと錯覚するようなこの攻撃、動揺しない筈がない。


「案の定、兵が乱れておりますね……」


 マジャパイトの陣形は乱れ始めた。朔は自分たちの仕事が大方完了したと判断する。


伊達いだて殿、長曾我部殿、嶋津殿に、我らの仕事は済んだとお伝えください」

「はっ」


 この大大名らの兵力を合わせても合計で一万三千程度しかない。晴虎の出した十五日以内での招集というのは、やはり無理があるものだったと言わざるを得ないのだ。


 この辺境でならまだ優位を保てるが、ヴェステンラントが本格的に兵を送ってくれば、兵力で不利は免れないだろう。


『相分かった、左大將殿。伊達の軍法、お見せしよう』

「楽しみにしております」

『言うではないか』


 晴政はこの先鋒部隊の地上部隊の指揮官である。


 真珠湾攻撃の時は彼だけで一万二千の兵を率いていたが、今回、直接にはおよそ四千の兵を従えるのみだ。だが、彼もまた、この戦いでの勝利を確信していた。


「先鋒の皆様方、突撃を開始!」

「我らは攪乱を続けます」

「はっ」


 マジャパイト軍の鶴翼の陣に対し、大八洲軍は真正面から堂々たる突撃をしかけた。


 もしも鶴翼の陣が機能しているのであれば、両翼の部隊が前進し、大八洲軍を半包囲して、壊滅的な損害を与えていたことだろう。それこそが鶴翼の陣の神髄である。


 しかしながら、上手く陣が機能しなかった場合、薄く広がった部隊は各個撃破され、再起不能な大打撃を受ける。 


「ここが勝負どころですが……」


 さて、彼らはどちらを掴むのか。ここで動かれれば晴政などが包囲される危険性があるが――


「動きませんね……」

「ええ。敵にはそれほどの力量を持った武将はいなかったのでしょう」


 大八洲の大名らが包囲に絶好の位置まで前進したにも関わらず、マジャパイト軍は一切動かなかった。いや、動けなかった。この混乱を収拾し、更に統制の取れた行動を指揮出来るようない人材は、マジャパイトにはいなかったのだ。


 やがて伊達家が一番槍に、大八洲軍はマジャパイトの中央に突撃した。


 圧倒的な勢いを持った大八洲軍に対し、マジャパイト軍の中央部は抵抗すら殆ど出来ずに突破され、陣形は真っ二つに分断された。


 この時点で勝負は決した。胴体を切り裂かれた鶴の羽根など、最早、紙よりも脆い。彼らは大失敗を掴んでしまった。


「お味方、残敵の掃討にかかるようです」


 潰走するマジャパイト兵を大八洲の兵が襲う。それは一方的な殺戮に等しい。


「分かりました。各々、自由に手柄を立てなさい。ただし、敵の退路は塞がぬように」

「承知しました」


 逃げ道を完全に塞ぐと敵は死兵となり、文字通りに死に物狂いのがむしゃらな抵抗を行ってくる。そうなれば敵も味方も無意味に死人が増えてしまう。


 それだけは禁じ、しかし朔はそれ以外は禁じなかった。武士が名を立てるには戦で武功を重ねるのが王道である。つまりは落ちる敵の中から将軍格を見つけ出して首を持って帰るということだ。


「晴虎様、そこまでお怒りなのでございますか……」


 次々と討ち取られていく敵兵を見て、朔は呟いた。


 普段の晴虎であれば、逃げる敵は逃げるに任せ、何度でも打ちのめしてきた。だが今度は違う。晴虎は敗残兵への虐殺を黙認していた。義を持たぬ者への苛烈な行いもまた、彼の本質の一側面である。


『左大將殿、ここらで区切りをつけた方がいいと思うが?』

「……そうで、ございますね。追撃を止め、晴虎様が上陸されるのに備えて下さい」

『了解した』


 ここらが潮時である。朔の率いる先鋒部隊は周辺の防御を固め、後続の部隊は安全に上陸する計画だ。

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