次の戦術
ACU2310 3/7 ルシタニア王国 アルゲントラトゥム ヴェステンラント軍前線司令部
「――で、どうしてやれるのに攻め込まないんだい?」
赤の魔女ノエルは白の魔女クロエの司令部に訪れていた。休戦期間が明けたというのにクロエが何もしようとしないからである。
「ええと、それは既に説明した筈ですが」
「聞いてないけど」
「それは、あなたが会議に毎回無断欠席するせいです」
「し、仕方ないだろう……」
ノエルは何度か行われた司令官同士の会合を悉くサボっていた。それは父オーギュスタンに会いたくないからであった。
「はあ……まあ、説明してあげますよ」
「――頼む、姉貴」
「はい。まあ、理由は簡単です。ゲルマニア軍の防衛線があまりにも堅牢で、攻め込めば多大な犠牲が見込まれるからです」
「つまりは、ビビってるってこと?」
「失うものと得るものを比べた結果、今攻め込まない方がいいと判断したまでです」
ブルークゼーレの戦いで、ヴェステンラント軍は多くの将兵を失った。そんな犠牲を出すことに、一部の例外を除き、諸侯はすっかり臆してしまっている。こんな状態で侵攻は不可能だ。
「だけど、そんなんだったらいつまで経っても攻め込めないじゃないか」
「……まあ、それも真理ではありますが」
「だろう?」
持久戦なら出来るようになったが、これ以上状況が好転することもまた望めない。手持ちの駒でどうにかするしかない訳だが、現状、取り付く島もないというのが正直なところだ。
「そうだったら、つまり、ええと、どうすればいいんだ?」
「私に聞かれても困りますよ。考えても答えが出ないからこうして指をくわえているのですから」
「は? 指なんてくわえてないじゃないか」
「……忘れていいです」
ノエルと話し合ったところで何も起こらない気がした。第一、クロエが怒られているが、ノエルもノエルでヒスパニア戦線を1パッススも進められていない。意見を求めることも無意味そうである。
「クロエ様、よろしいですか?」
マキナはクロエに発言の許可を求めた。
「はい。どうぞ」
「現状を打開する為には、許容出来る範囲内に収まる犠牲で塹壕戦を突破する戦術が必要です。そのような案を、ノエル様はお持ちですか?」
極めて抽象的だが、つまるところそういうことだ。その策さえ考え付けば、諸侯も喜んで兵を出すだろう。
「持ってないよ、そんなもん」
「そうですか」
即答である。ではノエルは一体何をしに来たのだろうか。謎は深まるばかり。
「あの……いいですか?」
横柄なノエルの陰からひょっこりと、この世界では珍しい眼鏡をかけた少女が姿を現した。
「? えー、誰でしたっけ?」
「ひ、酷い……私はゲルタです。ゲルタ・ロイエンタール・フリック。ノエル様の、何というか、側近的な? 者です」
彼女は戦争以外何も考えていないノエルを支えている最側近の一人である。ノエルからはそれなりに頼りにされている。
「あー。そう言えばそうでした。すみません」
「私って、何なんでしょうか……」
ゲルタはどんよりとした空気を発して黙り込んでしまった。真面目そうなクロエに完全に忘れられていたのがよほど心に刺さったらしい。
「ゲルタ、何か言いたいんだろう?」
「え、は、はい、ノエル様」
ノエルはゲルタの背中をポンと叩いた。
「だったらさっさと言えばいいじゃないか。今のところ、大した案は出てないからね」
――あなたがそれを言いますかね……
クロエは口に出しかけたが、辛うじて封じ込めた。
「は、はい。了解しました。えー、さっきマキナさんが言っていた作戦ですが、思いついたのです」
「ふむ。聞かせてくれますか?」
「はい。簡単に言うと、敵の塹壕の地下に爆弾を埋めて、それを爆破すれば、簡単に防衛線を突破出来るということです」
それは一言で言えば坑道戦術である。近代になって考案されたものだと思われがちだが、実は古代の昔から行われているものだ。
「爆弾、ですか……」
「おお。いいじゃないか、ゲルタ! これでいこうよ、姉貴」
確かに名案に思える。成功すればゲルマニア軍でもひとたまりもない筈だ。
ノエルは特に何も考えずに喝采したが、クロエは思い詰めた顔をしていた。クロエだけでなく、全体的にあまり受け入れられていない様子。
「わ、私、変なこといったのでしょうか?」
「いいえ、ゲルタ。そういうことではありませんよ、ただ、実現出来るかが微妙なんです」
「――確かに、それはそうです」
ゲルタは安心したように。
実現がそう簡単ではないことはゲルタも最初から承知していた。無条件に跳ね除けられたのではないことを知って安堵したのである。
「そうなのかい? 私にはそんな難しいこととは思えないんだけど」
「そうですよ。例えば、どうやってゲルマニア軍の地下に爆弾を埋めるんですか?」
「……分かんない」
「そういうことです。まあ、それでも検討の価値は十分にあります。しっかりと計画を詰めていけば、この膠着状態を打開する策になるかもしれません」
「そ、それはよかったです。まず私にもいくらか考えがあるのですが、聞いてもらえますか?」
ゲルタは賢い人間である。思い付きだけだはなく、どうやってそれを実現するかについてもちゃんと考えてあった。
「ではまず、どうやってゲルマニア軍の地下に爆弾を埋めるかということです」
「ゲルタ、お前、思いついたのか?」
「ま、まあ、その、誰でも思いつくことかと……」
「あ、そ、そう……」
「は、ははは……」
ゲルタは苦笑した。
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