泥沼の戦線
ACU2310 3/6 ルシタニア王国
「敵輸送部隊を確認!」
相変わらずヴェステンラント相手にゲリラ戦を繰り広げているルシタニア軍。だが、変わったところもある。
「了解した。総員、矢を番えよ!」
彼らの持つ武器はヴェステンラント製の魔導弩である。
「撃て!!」
「て、敵しゅ――」「に、逃げろ!!」
ヴェステンラントの輸送部隊はたちまち壊滅。護衛の部隊は一撃で倒され、非武装の輜重兵は逃げだした。
そうして、後には武器弾薬を大量に積んだ荷車だけが残される。
「今回も大漁ですね……」
「ああ。陛下もお喜びになるぞ」
「アルタシャタ将軍様様ですね」
「まったくだ」
新品の魔導弩と大量のエスペラニウム。それに食糧。まあ食糧は必要ないが、このエウロパにおいて魔導兵器が手に入るのは非常にありがたい。
彼らは戦利品を抱え、ヒスパニア半島へと凱旋した。
○
ACU2310 3/6 ルシタニア王国 臨時首都マジュリート
「現在、エスペレニウムの備蓄はおよそ4ヶ月分。今後もさらに増えていくと予想されます」
「本日も大規模な輸送部隊を襲撃。多大な戦果が期待されます」
「おお……よくやってくれたと、その者共に伝えよ」
「はっ」
近頃、国王の御前にはいい方向しか来ていない。
ヴェステンラント軍のこれ以上の侵攻は行われる気配すらなく、宮廷では戦況を楽観視する声があちこちで聞こえるようになっていた。
「どれもこれも、魔導兵器の扱いに長けたアルタシャタ殿のお陰だ。礼を言っても言い切れない」
「とんでもございません、陛下。私はただ、陛下への恩返しをしているだけにございます」
ガラティアから亡命した老将、アルタシャタ将軍は恭しく頭を下げた。
彼はもともと、魔導士による一揆であるレモラ一揆を指導していたのだ。魔導兵器による戦闘こそ、寧ろ彼の本分と言える。
「今のところは我が軍が優勢とみてよいのか?」
「はい。どうやらヴェステンラントは食糧問題を大幅に改善させたようですが、こちらも魔導弩を手に入れ、戦力を日々増強しています」
シグルズがクロエに提案した軍票という制度。それは功を奏し、ヴェステンラント軍の食糧不足は解決しつつあった。
だが、魔導弩を手に入れたルシタニア軍の進歩の方がより目覚ましい。敵を一撃で葬れる武器というのは、奇襲をしかける側にとって最良のものである。
「加えて、ヒスパニア防衛線も完成しつつあります。これを突破するには、ヴェステンラント軍もまとまった兵力を用意せねばならないでしょう」
ゲルマニア軍を模倣した塹壕線が、ヒスパニア半島の付け根にある大山脈に造られている。もとより防御に適した山脈を更に要塞化すれば、ヴェステンラント軍とてそう易々とは攻め込めまい。
これを突破するには大きな兵力を結集せねばならない訳だが、これはルシタニア軍のゲリラ戦が阻害している。
「そうだな。このまま何も起こらなければ、心配はいらないか」
「はい。もっとも、油断してはなりません。引き続き火縄銃の生産と配備は続けるようにして頂きたい」
一撃の威力が高い火縄銃は、少し前までのルシタニア軍の主力兵器である。
「魔導弩でいいのではないか?」
「魔導弩が手に入れられなくなった場合に備えた措置です。それに、魔導弩の数にも限度はありますから、更なる部隊を編成する際には火縄銃が必要になります」
「ヴェステンラント軍が更なる兵力を送ってくる可能性、陰と陽が動くか……」
「はい。ないとも言い切れません」
ヴェステンラントは主要な七大公国がそれぞれに軍を持ち、別々に作戦行動を展開する。
これまではそのうちの5つ、即ち赤黒青白黄の大公国しか外征に出たことはない。そして現在、これら5ヶ国は全てどこかと戦っている。これまでの慣例から判断すれば、これ以上の大幅な増援が来ることはない。
しかし、それは誰も公言していないただの憶測だ。ヴェステンラントのどこにも、陰と陽の国が外征に出てはならないという法はない。
この予備兵力が本格的に動き出せば、今の兵力では足りなくなるだろう。その時、火縄銃が必要になる。
「そう、だな。分かった。火縄銃の増産と管理、配分。全てこちらで手配させておく」
「ありがとうございます、陛下」
「礼を言うべきはこちらの方だ。我が国が今でも存続出来ているのは貴殿のお陰。ありがとう」
国王は、何と外国人であるアルタシャタ将軍に向かって頭を下げた。名君と呼ばれる所以はこういうところにあった。
「ありがたきお言葉です。どうか、顔をお上げ下さい」
「ああ。だが、私は本当に感謝しているのだ。そのことは忘れないでくれ」
「勿論ですとも。それと、もう一つ、私の提案を聞いて頂けますか?」
「ああ。何でも言ってくれ」
「ヒスパニア半島の内側に更なる防衛線を作ることを提案します」
「二重に防衛線を作るということか?」
「はい。万が一、現在の防衛線が破られた場合。我々に為す術はありません。どうかご一考を」
それはゲルマニアの第二、第三防衛線のようなごく近くにあるものではなく、世界地図を見ても分かれていることが分かるような、戦略的な防衛線のことである。
アルタシャタ将軍は山脈の防衛線が一気に全て突破された場合という最悪の可能性を考えていたのだ。
「分かった。検討させておく」
「ありがとうございます」
ヴェステンラント軍が攻めあぐねている間、ルシタニア軍の防備はますます洗練されていくのだ。
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