坑道戦

「ええ、まず、どうやってゲルマニア軍の地下に爆弾を埋めるかと言うことについてですが、これは、味方の陣地から敵の陣地の下まで伸びる坑道を掘ればいいかと思います」

「そうですね。それは現実的です」


 土の魔女を動員すれば穴掘りなどなんてことはない作業だ。地中ともなれば敵の妨害もないだろう。


「ゲルタ、お前すごいな……」

「は、ははは……」


 実はここにいる大半の者がそれを思いついていたことは、彼女には秘密にしておくべきだろう。


「けどさ、土の魔女を使うんだろう? どれくらい必要なんだい?」

「そうですね……多ければ多いほどいいですが……」

「だったら、うちからは出せるだけの援軍を出すよ。数は、ええと……」


 自分の兵の数だというのに、ノエルはすぐには思い出せなかった。


「およそ1,200です」

「お、そ、そうか」

「こちらも、少々消耗していますが、1,000は出せます」

「じゃ、それについてはそういうことで」


 合わせて2,200。寧ろ余るくらいだ。掘削作業については何の心配もいらないだろう。


「しかし、ゲルマニアの魔導探知機とやらに見つからないのですか?」


 スカーレット隊長は尋ねた。魔法を使って作業をする以上、魔導探知機に捕捉される可能性があるのでは、ということだ。


「それについては……地中なら問題ないと思われますが……」


 ゲルタもその点については見落としていた。これまで魔導探知機がヴェステンラントの障害となったことがないからである。


「検証の必要ありですね」

「どうやって?」

「それは、まあ、掘ってみるしかないでしょう」

「そ、そう」


 実際に坑道を掘ってみて、その中で魔法を使い、ゲルマニアから鹵獲した魔導探知機を使ってみるということだ。この実験は後でやることとなった。


「では次です。地上の施設を吹き飛ばすほどの爆弾が果たして作れるのか、という問題です。どうです、ゲルタ?」


 そもそもヴェステンラントにはそんな爆薬を製造出来る技術すらない。


「はい。それについては調べが済んでいます。これを火の魔女を動員して複製してもらいます」

「それは……」


 ゲルタが懐から取り出したのは、赤く塗ら得れた円筒状の物体であった。見た目だけではそれがどういったものなのかは分からない。


「これは硝化三水酸化三炭化水素爆弾というものです。マキナさんに頼んで、ゲルマニアの製造法を調べてもらいました」

「……は?」


 それはつまりはダイナマイトである。戦場で使われたことはない、というか使う機会がなかったのだが、ゲルマニアは十年以上前からこれを実用化していた。


 ゲルタはその製造法を、ゲルマニア国内のものの流れから推測し、ついに完成させたのである。


「マキナ、そんなことをやっていたのですか?」

「はい、クロエ様。通信を傍受する傍ら、その情報も集めておりました」

「策士ですね……」


 マキナは聞かれれば何でも答えるが、聞かれなければ何も言わないのだ。


「えー、で、その製造法っては?」

「はい。ええ、まず――」


 ゲルタは語り出す。


 実は作業工程はそう難しいものではない。油脂を加水分解して三水酸化三炭化水素を生成しそれを混酸に漬けて硝化し珪藻土を加えれば完成だ。


「ええっと……何を言ってるのか全然分かんないんだけど」

「そ、そうですよね……」


 この世界ではまだ、学者くらいしかこの話を理解出来ないだろう。故に、これはノエルは悪くない。クロエもマキナもよく分かっていないのだ。


「でしたら、今度私が実際にやって見せますので、それをノエル様に覚えて頂きます」


 この世界の火の魔女は、そこで起こる化学反応を実際に理解する必要はない。説明するのは難しいが、感覚的に反応を起こせるのである。


 例えば火炎放射というのは酸化反応というれっきとした化学反応であるが、それを理解している魔女はほとんどいない。ノエルは無論、理解していない側だ。


「それって私がやることかい?」

「と、言いますと?」

「じゃあ――そういう仕事を総司令官がやるもんかい?」

「あ、確かに」


 そんなちまちまとして仕事を赤の魔女ともあろう方ににやらせるというのは、流石に無礼であろう。


「申し訳ありません、ノエル様。爆弾の製造はこちらで手配しておきますので、ノエル様にはもっと重大な役をお任せしたく思います」

「何さ?」

「爆弾の爆破です。実戦で爆弾を使うには、大量の爆弾を一斉に爆破する必要があります。それを、赤の魔女であるあなたにお願いしたいのです」

「それは、私にしか出来ないようなことなのか?」

「はい。一斉に確実に起爆するのは、ノエル様にしか出来ないでしょう」


 どれだけの規模で魔法を使えるかというのは、やはり遺伝によるところが大きい。起爆装置などがないこのヴェステンラントにおいては、起爆は人力で行わねばならない。


 これらを考慮すると、こんな芸当が出来るのはレギオー級の魔女であるノエルしかいないのだ。


「そういうのなら大歓迎さ」


 誰でも出来るようなことをやるのは性に合わない。が、自分にしか出来ない仕事となれば俄然やる気も出てくる。


「ま、やり方は分かんないけど」

「はい。それについてはお教えします。何ならここでやりましょうか?」

「いいのかい?」

「はい。この爆弾の威力を皆さんにお見せすることも出来ますから」


 ここに爆弾の現物もあるのだ。今思いついたことだが、諸侯の支持を取り付ける為にも、なかなか悪くない手である。

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