新たなる世
ACU2309 12/25 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
全権委任法は何の問題もなく可決され、ゲルマニア全土に適用された。これにより、全てに国民は国家の要請に従う義務を負う。
「それで、どうして私を呼び出したんですか?」
仏頂面をした白衣の少女――クリスティーナ所長は、総統官邸に突然呼び出されていた。
「クリスティーナ・ヴィクトーリア・フォン・ザウケル」
総統は改まって彼女の名を呼んだ。クリスティーナ所長も背筋が自然と伸びる。
「は、はい」
「君には今後、ゲルマニアの労働大臣を務めてもらいたい」
「労働大臣……?」
そんな役職、聞いたことがない。内務卿とかなら存在するが。
「実はな、まだ公表はしていないが、シグルズの提案に沿って、帝国政府の刷新を進めているのだ」
「そういうことです」
「あら、いたの?」
「ええ……」
確かに、シグルズの見た目はそう目立つものではない。だが、だからと言って存在にすら気付かないというのはあまりにも酷くはあるまいか。
「えー、それで、刷新とは具体的に何を?」
「そこはシグルズから説明してもらった方が早いだろう。いいか?」
「はい。問題ありません」
「そう。頼んだわ」
クリスティーナ所長はシグルズの方に向き直った。
「今後、ゲルマニアは更なる中央集権化を推し進める必要があります。封建ではなく郡県ということです」
「ええ。そうね」
遥か昔のレモラ王国では皇帝の鶴の一声で国中の全てが動いていた。その体制こそがゲルマニアに相応しいというのは、ヒンケル総統台頭以来のグンテルブルク王国を見れば明らかだ。
「そこで、これまで貴族がなることが暗黙の了解となっていた省庁の長を、総統に直属する者にしたいと思う訳です」
「なるほど……」
現下の政治体制も、未だに過去の遺物を引きずっている。何某卿という省庁の長は皇帝に直属するものとされ、バラバラだ。
「更に、総統に直属する、というだけではなく、彼らの合議によって政治を執り行う組織を作るのです。その時、ここに参加する者を大臣とします」
「うん……」
「即ち、内閣です」
内閣とは大臣の集まりだ。近代的で効率的な国家運営を行いたくば、旧来の陋習は捨てねばならない。
「でも、それって今とあまり変わらなくない?」
「今は、確かにそうです」
名目上独立しているとは言え、多くの国務卿は完全にヒンケル総統の配下に収まっている。これは内閣と殆ど同じ形だ。
「あー。だから、今後それが原因で問題が生じるのを防ぎたいってことね」
「はい。その通りです」
機構に抜け穴や欠陥を残しておくのはよくない。それを悪用されて政治が分裂することも、十分にあり得る。災いの種は早いうちに摘んでおくべきだろう。
「なるほど。何をしたいかは理解した。で、私にその内閣の一員になれってことね」
「ああ、そうだ。頼めるか?」
「総統っ、し、失礼――」
ここが総統官邸であることをすっかり忘れていたクリスティーナ所長は、改めて襟を正した。まあ、ここに白衣で来ている時点で十分おかしい訳だが。
「その、労働大臣というのはどういう仕事をするんですか?」
「その名の通り、臣民全員の労働を管理する仕事だ」
「ちょっと大雑把過ぎるのでは……」
「――そうだな。国家総動員法については、君も知っているだろう?」
「はい。知っています。何となくですが」
「それで十分だ。この法律によって、ゲルマニアの生産活動は全て内閣の管理するところとなった。君には、どこで誰にどのような労働をさせるのか、その管理を頼みたい」
「なるほど。理解しました」
クリスティーナ所長は現時点で、帝国に存在する全ての造兵廠を管理している。それを規模を大きくしてやれということだろう。彼女以上の人材も、そうそういまい。
「因みに、第二造兵廠の所長は、続けてもいいのでしょうか……?」
クリスティーナ所長は第二造兵廠にそれなりの愛着を持っている。ここで突然所長を止めさせられるのは勘弁だった。
「ああ。構わない。もっとも、これからは更に忙しくなるだろうが」
「ありがとうございます。それについてはご心配なく」
彼女は優秀だ。仕事に忙殺されるなんてことはない。
「頼もしいな」
「では、労働大臣の職務、引き受けさせて頂きます」
「頼んだ。今後ともよろしくな」
かくして、国家総動員法を執行出来るだけの体制は整った。
○
その暫く後、社会革命党党大会にて。
「忠良なる帝国臣民諸君! 諸君らは今、ゲルマニアの歴史が大きく変化するのを目の当たりにしている。ゲルマニアはより優れた共同体へと変化し、ゲルマニア人の生活はより充実したものへと変化する。人類の歴史上、最も偉大な変化が起こっているのだ。だが、それには諸君の協力が不可欠だ。諸君の協力なくして、ゲルマニアに勝利はない! 我々は古き世を変え、新たな時代へと伸び行かねばならない! どうか、私についてきてくれ! 勝利万歳!」
「「「勝利万歳!!」」」
「「「ヒンケル万歳!!」」」
会場は拍手喝采に包まれた。
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