青の魔女シャルロット再び

「流石は晴虎殿じゃ。十万の大軍をあっという間に蹴散らそうとしておられる」


 公家かぶれの大名、今川辨辰守昭元は呟いた。


「せっかくの勝ち戦、我らも大いに武勲を上げねばならぬな」

「左様でございますな」

「うむ。皆の者、ぬかるでないぞ」

「無論にございます」


 昭元と配下の将たちは笑いあった。敵は総崩れとなり、戦は今や大八洲の大名らがいい首を取り合う競争となっていた。


 だが、その時だった。


「申し上げます!」


 本陣に血相を変えた伝令が走りこんできた。


「何じゃ? どうした、そんなに慌てて」

「はっ。我が本陣に向かい、敵の女侍が飛んできているとのこと!」

「――何人だ?」


 昭元の視線が鋭くなった。本陣への中入り。それは古典的ながら今でも十分に通用する作戦である。


「そ、それが、一人とのことでして……」

「一人? たったの一人だと? 愚かな者よ」

「真に、その通りでございますな!」


 家臣の一人が大声で笑いだすと、釣られて本陣の武将らも一斉に笑い始めた。


「そち、報告、大儀であった。だが、その程度の些事、まろに言うまでもあるまいて」

「さ、左様でございましたか。失礼を致しました」


 伝令は深々と頭を下げた。


「何、そちは何も悪くない。そうじゃ、後で酒の一杯でもくれてやろう。そち、名は?」

「はっ。毛利大介と申します」

「ふむ。誰ぞ、覚えておけ」

「承知致しました」

「では、私はこれにて失礼致します」


 大介は本陣を去った。だがその瞬間、彼の足元を小さな影が横切った。


 ――鳥、か。


 何てことはない。少しばかり低く飛んでいた鳥の陰だろう。


 ――血?


 その陰が横切った辺りには血がまき散らされていた。それはとても鳥から出てくるよな量ではない。まるで大怪我を負った人間が飛んでいるかようなものだった。


 その時、大介は気づいた。


 と、同時に、本陣から叫び声が聞こえてきた。


「と、殿!!」


 大介は急ぎ本陣に戻る。だが、そこは既に戦場と化していた。


 ○


「あらあら、随分と面白い格好をした大名もいるのね」

「な、何者だ、貴様!?」


 今川家老、岡部重兵衞元綱は叫んだ。


 それは、全身を血に染めて、青い髪を地面に引きずりながら歩く少女。


「私はシャルロット。シャルロット・エレン・イズーナ・ファン・ブラウ・ド・シルワネクティス。あの――伊達何とか、とかいう人から聞いていないのかしら?」

「ま、まさかお前は、ヴェステンラントの悪鬼か!」

「あっき? 何を言っているの?」

「知らぬならよい! 者共かかれ! こやつが敵の大将ぞ!」


 元綱が号令をかけると、昭元の護衛の兵が一気にシャルロットに襲い掛かった。しかし、シャルロットに近づいただけで兵士の体は両断され、たちまち死体が折り重なっていった。


「昭元様、お逃げ下さい!」


 元綱はシャルロットの前に立ち塞がった。その意を汲んだ昭元は僅かな供回りと共に本陣を離脱しようとする。


「ここはこの元綱が――」

「邪魔」

「ぐあっ――」

「お、岡部!」


 元綱は一太刀すら浴びせられず、シャルロットに斬り捨てられた。


「あ、昭元、様……」

「大したことないのね。残念だわ」


 力尽きた綱元には目もくれず、シャルロットは昭元にゆっくりと近づく。


「ふふふ。じゃあ、次はやっとあなたかしら!」

「と、殿を守れ!」


 兵が壁のようにしてシャルロットの前に立ち塞がる。だが、そんなものでは仕方がない。


「邪魔よ?」

「うああ!」「ぐっ――」「こ、この……」


 たちまち昭元を囲んでいた兵は皆殺しにされた。


「この悪鬼が!」


 昭元はついに自ら刀を抜いた。相手は空を自在に駆ける悪鬼。昭元が逃げ切れる筈もない。


「あら、頑張るのね。じゃあ、こっちも全力でいかせてもらうわ」

「かかってくるがよい!」

「じゃあ、遠慮なく」


 シャルロットは足元に僅かに力を込めると、まるで弩から放たれた矢のように昭元に飛びかかった。そして自慢の爪を振り下ろす。


「か、刀が!」


 昭元の刀は無残にも折れた。だが怯まず、腰から一回り小さな刀――脇差を抜き、シャルロットに向けて構えた。


「私の一撃を耐えたのは二人目だわ。でも、どこまでもつかしら?」


 シャルロットは斬りかかる。流石は半嶋一の弓取り。昭元はそれをよく受け止めた。脇差の方が衝撃に対する強度は高く、一度や二度では折れはしないのである。


 だが、四度目に攻撃を受け止めた時、ついに刃は折れた。


「これでおしまいよ!」

「ぐああ――!」


 肩から脇腹にかけて、シャルロットは昭元の体を引き裂いた。


 昭元は数歩よろめいた後、力を失くしてうつぶせに倒れこんだ。


「と、殿っ!!」


 その時、昭元の司会の端に青年の姿が映った。


 ○


 大介はシャルロットに気付きもせず、死体の合間を縫って、倒れ伏せた昭元の下に駆け寄った。


「と、殿っ!! お気を確かに!」

「は、晴虎様に……このことを……」


 そう言い残し、昭元は目を閉じた。


「な、何が……」

「ふふふ。私よ」

「な、何者だ!?」

「さっきからずっといるのに」


 シャルロットは不気味にほほ笑んだ。そして、自分が昭元を含む数多くの武将を殺したのだと白状した。


「お、おのれ!」


 大介はシャルロットに斬りこもうとした。だが、気付いた瞬間には彼の刀は吹き飛ばされていた。


「んなっ――」

「ここの連中が全員でかかっても殺せなかった相手を、あなた一人で殺せると思ってるのかしら」

「それは……」


 無理だ。どう足掻いたところで勝ち目はない。


「だったら、そいつの遺言通り、晴虎に伝えに行ったら?」

「い、いいのか?」

「ええ。止めはしないわよ。どうぞ?」

「…………」


 大介は晴虎の本陣に向けて走り出した。シャルロットは本当に何の手出しもしてこなかった。



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