セリアンの戦いⅡ
「敵の兵力は!?」
「両翼よりおよそ1万ずつ。合わせて2万ほどです!」
「これで出そろったって訳ね……」
報告にあった通りの大八洲の兵力が姿を現した。つまり、これ以上の伏兵が出てくることはない。
「敵は小勢よ! それぞれで迎え撃ちなさい! 私は右翼を担当する。オリヴィアは左翼の指揮を!」
「は、はいっ!!」
敵は本陣を刈り取るつもりだったようだが、その思惑は外れている。レギオー級の魔女を弓矢程度で殺せはしない。
なれば、体勢を立て直せば十分に耐えきれる――筈だった。
「正面の敵部隊、反転してきます!」
「何ですって!?」
「凄まじい勢いです!」
ヴェステンラント軍が陣を横向きに立て直し始めたところ、敗走した筈の1万の部隊が、まるでそんなことが嘘だったかのように勢いよく突っ込んできた。
「敗走を装った……?」
そう、嘘だったのだ。全ては晴虎の手の内にあった。最初からヴェステンラント軍を誘い出す為の罠だったのだ。
「ま、守りを固めるのよ!」
「し、しかし……」
「つべこべ言わずに戦え!」
「はっ!!」
だが状況は芳しくない。
今やヴェステンラント軍は三方から絵に描いたような翼包囲を受けている。しかも全軍が纏まっている訳でもない。このままでは敗北は免れないだろう。
○
「晴虎様、今こそ好機だぜ」
「で、あるな。懸れ乱れ龍の旗を掲げよ!」
晴虎の本陣に、天高く白い旗が掲げられた。
それは全ての将に突撃を指示する合図である。
「車懸りの陣を敷け」
「承知しましたわ」
車懸りの陣。大将を中心に各部隊が回転しながら敵に突撃する陣形だ。敵に絶え間ない波状攻撃が出来るものである。
曉の麒麟隊、直江の玄武隊、それに加えて嶋津隊。総勢1万が作る車輪が、ヴェステンラント軍に襲い掛かる。左右から敵を包囲する諸将も一斉に動き出した。
○
左翼。総大将は朔。他に伊達、今川、北條、長曾我部などが続く。
「獨眼龍が戦、見せてくれよう。皆の者、突っ込め!」
黑備えとも呼ぶべき、甲冑を真っ黒に染めた伊達家の軍団。率いるは隻眼の大名。
「勝った勝った! 奴らを蹴散らせ!」
それに対して、戦場で目立つことを厭わない黄色い甲冑を纏う北條家の軍団。率いるは、何の守りもなしに先頭に立って戦う大名。
「一兩具足が武、見せるは今ぞ!」
長曾我部家の軍団は少々変わっており、その大半が農民で占められている。しかし、大名への信頼で結束した軍団は、武士にも後れを取らない。
○
右翼。総大将は武田樂浪守信晴。他に毛利、大友などが続く。最大の大名である武田家がいるため、左翼と比べて大名の数は少ない。
「猛き赤備えよ、その力を示せ!」
頭から足元まで真っ赤に染めた甲冑を纏った武田家の軍団。率いるは、大八洲でも晴虎に次ぐと言われる名将である。
「
毛利家の軍団に目立った個性はない。だが、毛利家の伝統である臣下を思いやる気持ち――それが家臣団に強い団結力を生んでいた。
「でうすの御加護は我らにあり! 進めい!」
国を挙げてよく分からない宗教にのめりこんでいる大友家。だが兵らは「でうす」とやらに帰依して無類の勇敢さを誇っている。
今や、ヴェステンラント軍は壊滅しようとしていた。
○
「釣り野伏せは嶋津の専売品だと思ってたんだがなあ」
ヴェステンラント兵を斬り捨てながら、昭弘はぼやいた。
釣り野伏せ。それこそが嶋津の得意とする戦法であり、大八洲軍が現在成功させつつある戦法でもある。
即ち、事前に伏兵を左右に分けて配置し、一つの部隊が敵に突撃、その後敗走を装って敵を釣り出し、敵を伏兵の間に引きずり込み、一気に包囲殲滅するのである。
非常に難易度の高い戦法ではあるが、かつて昭弘が五十倍の敵を打ち破った時に用いた戦術でもある。上手くいけばいかなる敵とて粉砕することが可能だ。
「まあいいさ。薩摩隼人が武、見せてやろうぜ!」
「「おう!!」」
嶋津の兵は色々な意味で頭がおかしいと評判だ。普通、合戦における死傷者というのは多くとも二割程度なのだが、嶋津の兵は残りが二割になっても戦っていたことすらある。
そんなぶっ飛んだ集団に襲われるヴェステンラント兵は憐れんでやるべきだろう。
○
「敵の勢い激しく、どこも突破されております!」
「どういう状況よ、まったく……」
ここまで来るとドロシアは逆に冷静になり始めた。どうやら万事休すらしい。
「ど、ドロシアさん、何とかして逃げないと……」
「そう、ね。でも、どうする気?」
「それは……」
意気消沈。その言葉が最もよく似合う。
「じゃあ、私が行こうかしら?」
「姉さま……」
髪を地面を引きずるまで伸ばした少女、青の魔女シャルロットは言う。
「どうするの、シャルロット?」
「適当に暴れてくるわ。後は適当に合わせて?」
「ええ。頼んだわ」
「……お気をつけて」
シャルロットは黒い翼を生やし、大八洲軍の方へと飛んで行った。
「まったく、あんなことが出来るのはあの子だけよ」
「そう、ですね……」
シャルロットには無数の矢が撃ちかけられ、血飛沫が舞っているのが見えたが、彼女の飛行は僅かも揺るがなかった。
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