セリアンの戦い
ACU2309 10/26 マジャパイト王国 ヌガラ島 セリアン
「黄の国より3万、青の国より4万、マジャパイトより3万。計、およそ10万、集結を完了しました」
「そう。いいじゃない」
「――はっ」
ジャヤカトワン将軍が稼いだ時間。それを使ってヴェステンラントとマジャパイトは10万の大軍を集めた。
「さーて、どう料理しましょうか?」
この軍団の総大将――黄公ドロシアは猛獣のような笑みを浮かべた。
○
「申し上げます! 敵の兵力はおよそ十万! 既に集結を済ませているようです!」
「じゅ、十万……?」
評定はざわつく。何せ、大八洲側の総兵力はおよそ二万八千。敵はその四倍近くなのである。
「晴虎様、どうされるおつもりで!?」「一度撤退を!」「後詰との合流を待つべきです!」
「やかましい! それでも大八洲の武士か!」
「っ……」
大声で諸将を一括したのは武田樂浪守信晴であった。
「この程度、唐土出兵と比べれば大したものでもない。何を怯えておるか!」
「し、しかし、武田殿、これはいくらなんでも……」
「寡戦ってんなら、俺に任せてもらおうか」
この男気溢れる男は
因みに、寡戦とは自らの兵が少ない戦いのことで、対義語は衆戦である。
「そ、そうだ。あの嶋津殿がいらっしゃった」
「おいおい、俺のことを忘れたってのか?」
「そ、そのようなことは……」
確かに、ここまで昭弘は存在感を出してこなかった。それはこれまでの戦いが衆戦だからである。
「まあいいさ。で、どうする、晴虎様?」
「嶋津殿の計略、貸してもらうとしよう」
「そう来なくっちゃな」
昭弘はニヤリと笑う。
「やっぱり、
「ふっ、嶋津殿とは気が合うな」
晴虎も僅かに口元を緩めた。兵力を比較した時点で、晴虎の作戦は決定していたのである。それは嶋津家が代々得意としている戦術であった。
○
「敵兵、およそ1万、突っ込んできます!」
「たったの1万?」
姿を見せたと思えば、馬鹿みたいな突撃をしてくる。ドロシアはその意図を読みかねた。
「適当に守りを固めておきなさい。動く必要はないわ」
「はっ!」
全軍を動かして包囲というのも考えられたが、たったの1万の兵士に対してそこまでする必要はあるまいと、ドロシアはその場での迎撃を命じた。
「もしかすると、ここを狙っているのではないでしょうか?」
青公オリヴィアはおずおずと。確かに、大将を討ち取ろうという意図なら分からなくもない。
「そうだとしても、ここには私とシャルロット、レギオー級の魔女が2人もいるのよ。心配には及ばないわ」
「そ、そうですね……」
「ふふふ。いざとなったら私がオリヴィアを助けてあげるわ。愛しの妹だもの。安心して?」
シャルロットは薄ら笑いを浮かべた。
「はい……」
ヴェステンラント首脳部はどっしりと構えることにした。
双方が長弓と弩を撃ちあう矢合わせ。その後は乱戦が始まる。
「お味方、押されております!」
「チッ。使えないわね……前線の部隊を後続の部隊と入れ替えなさい」
「はっ」
ドロシアの悪態は同輩に対しても部下に対しても揺るがない。
勢いは大八洲勢にあり、兵の練度も恐らく向こうの方が高い。とは言え兵力差は10倍。無理をせずに消耗させていけば、いずれ大八洲勢は溶け切る。
前線の乱れた部隊は後退し、代わって後ろから五体満足の部隊が前線を固める。これの繰り返しで、ヴェステンラント軍の前線には常に心身ともに万全の状態の兵士が並べられる。
一方の大八洲軍はというと、当初の勢いは失われ、逆に押し返され始めていた。
「で、殿下!」
「何?」
「敵勢の中に晴虎と思しき男がおります!」
「何ですって? 本当?」
「はい! 晴虎に会ったことのある者からの報告です!」
「そう……」
どうやら大将自らが率いる決死の突撃だったらしい。この勢いも頷ける。
とは言え、いくら軍神でもこの兵力差を覆すことは不可能だ。
「相手は軍神よ。焦らず、このまま敵を消耗させなさい」
あの晴虎のことである。何らかの秘策を持っている可能性がある。その為、どうあっても攻勢に出られないまでに兵力を摩耗させてから、一気に叩く。
「ドロシアさん、大八洲の兵はもっと沢山いた筈ですよね……?」
「まあ、そうね」
これまでの戦いで消耗しているとは言え、大八洲軍の兵力は2万を下らないとされていた。だがここにはその半分しかいない。これは一体どういうことか。
「敵、敗走していきます!」
「な、本当? 早く追いなさい! 晴虎を討ち取るのよ!」
「承知しました!!」
ついに勢いを完全に切らした大八洲軍は逃げ始めた。ヴェステンラント軍はそれを追う。
「殿下、敵の足は速く、追い付けそうもありません!」
「追いかけるのよ! 騎兵を前面に出しなさい! 私たちも動くわ」
「はっ!」
歩兵は置いて騎兵だけで追う。本陣も動かす。これならばいくら晴虎相手でも追い付ける筈だ。
「騎兵だけでは兵力が足りないのではないでしょうか?」
馬に揺られながら、オリヴィアは尋ねる。騎兵だけでも数は1万を超えているが、晴虎相手にその程度の兵力差ではいささか不安だ。
「そのくらい分かってるわよ。騎兵に追い付かれれば嫌でも戦わざるを得なくなるから、その間に歩兵が追い付けばいいのよ」
「……なるほど。分かりました」
だが、その時。
「っ! 矢よ!」
「ふふふ。どうしてこんなところにって感じね」
本陣に矢が飛来した。ドロシアは土の壁を、シャルロットは木の壁を作り、飛来する矢を受け止めた。本陣の面々も無事である。
「どこから飛んできたの!?」
「よ、横です! 左翼が攻撃を受けています!」
「奇襲? じゃあ全軍を左に向け――」
「右翼も攻撃を受けている模様です!」
「なっ――挟まれたっていうこと……」
左右から響く鬨の声。今、ヴェステンラント軍及びマジャパイト軍は、左右から見事なまでに挟撃を受けているのだ。
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