サーレイ城陥落

「迎え撃て! 一人たりとも通すな!」


 ジャヤカトワン将軍は自ら剣を抜き、兵らを鼓舞した。


 マジャパイト勢の弩による攻撃はほぼ効果がなく、大八洲の兵は出丸の壁に押し寄せ、そこらに梯子を立てかけて、侵入しようと試みる。


「梯子を落とせ! 登らせ――っ」


 壁上で梯子を倒そうとする兵には矢が襲い掛かる。少しでも狙いを違えれば同士討ちにもなりかねないこの戦術を行えるのは、訓練の行き届いた大八洲にのみ為せる業だろう。


 何も手出しが出来ないままに、たちまち大八洲の武士が出丸に入り込んできた。


 ここからは白兵戦だ。流石の大八洲人とて、この乱戦の中で敵だけを撃つことは出来ない。


「我こそはジャヤカトワン! 我が首、欲しい者はかかってこい!」

「か、閣下!?」

「大将首だ! 討ち取れ!」


 ジャヤカトワン将軍が高らかに宣言すると、十名ほどの兵士が釣られて寄って来た。


「覚悟!」

「ぬるいぞ!」

「ぐあっ!」


 一撃をひらりと躱し、すれ違いざまにその武士を斬りつける。武士は短いうめき声を上げて死んだ。


 その鮮やかな太刀筋に、兵士らはにわかに臆す。


「か、かかれ! 囲んで殺せ!」

「集団戦か。それでも武人か!」


 数名の兵士がジャヤカトワン将軍を囲み、一斉に斬りかかって来た。


「弱い!」


 まずは一人、首を落とした。


「武士とは、その程度か!」


 振り返りつつ、違う者の胸を貫く。引き抜く勢いで、また一人の胴体を斬り裂いた。一瞬にして3人の武士が討ち取られたのである。


 その後もジャヤカトワン将軍は次々と敵を打ち倒していった。


「な、何だ、こいつ!?」

「名乗ったであろう! 我こそはマジャパイトが将、ジャヤカトワンなり!」

「か、閣下! もう限界です! 耐え切れません!」

「――引き際か」


 ジャヤカトワン将軍の周りには大八洲兵の死体だけが散らばっていたが、出丸全体としてはマジャパイト兵の死体の方が沢山転がっていた。その間にも大八洲の兵は続々と侵入して来ており、侵入を妨げるのは最早不可能となっていた。


 ジャヤカトワン将軍は敗北を悟った。いや、最初からこうなることは読めていたのだ。ただ認めたくなかっただけで。


「総員撤退! 二の丸まで退け!」


 雪崩のように迫りくる大八洲兵を退けながら、マジャパイト兵は城門の奥に撤退していく。


「閣下! 早くお入りください!」


 ジャヤカトワン将軍は扉の前で踏みとどまり、大八洲兵を足止めしていた。


「今だ! 出丸を爆破せよ!」

「はっ!」


 瞬間、出丸の各所から爆炎が上がり、出丸は柱の一本も残さずに崩れ去った。大八洲の兵も当然巻き込まれ、何人かを殺すことには成功しただろう。


「閣下! 早く!」

「ああ!」


 ジャヤカトワン将軍は扉に滑り込み、僅かの間も開けずに兵が扉を閉めた。


 とは言え、防御に特化させた出丸とは違い、これはただの門。長くはもたないだろう。


「いつまで粘れるか……」

「我らは最後まで閣下についていきます!」

「ありがとう」


 流石のジャヤカトワン将軍にも、これ以上の抵抗は難儀だった。


「総員、構え」

「構え!」

「放て!!」


 ジャヤカトワン将軍自らが弩を構え、破城槌を持って走り寄る大八洲の兵に矢の雨を浴びせた。


 ○


 それから三日後。


「晴虎様、伊達殿が本丸に突入しました」

「うむ。彼の者ならば、心配する必要もあるまい」

「左様ですね」


 出丸を含む三の丸、二の丸は既に陥落し、残すは本丸のみとなっていた。それも門は突破し、最後の仕上げに城内に立てこもる敵を殲滅するところである。


「ジャヤカトワン、我を六日も相手取るとはな……」

「晴虎様……」


 まもなく戦いは終わる。だが、大きく日程を狂わされたのは確かである。その点、この戦いはマジャパイト側の勝利と言って差し支えないだろう。


 ○


 本丸の最上階。そこにジャヤカトワン将軍は座っていた。隻眼の大名は、僅かに数名の供回りだけを連れ、そこに乗り込んだ。


「ジャヤカトワン将軍とお見受けする」

「いかにも。私がジャヤカトワンだ」


 単騎で乗り込んできた晴政は刀を抜いた。


「隻眼の武将といえば、伊達陸奥守晴政か?」

「いかにも。我こそは伊達陸奥守晴政。いざ尋常に……」


 そこで晴政は気づいた。彼は座っているのではない。立つことが出来ないのだ。彼の左の脚は失われていた。


「歩けもせぬ怪我人とは、勝負にもならんよ」

「む。確かに……」


 晴政は刀を納めた。戦うことも出来ない人間に、晴政は刀を使わない。


「では、晴虎様の下に連れていく」

「断る」

「何?」

「私はここで腹を切る!」


 と言って、ジャヤカトワンは短刀を抜き、一切の躊躇なく自分の腹に突き立てた。


「おいおい、勝手に腹を切るなよ」

「……意外と、苦しい、ものだな……よければ、介錯を……」

「……分かった」


 晴政は無言でジャヤカトワンの後ろに立ち、彼の首めがけて刀を振り下ろした。


 ○


「晴政様、ジャヤカトワンは?」

「既に自害していた。首はここにある」

「……そうでしたか。この件はすぐに晴虎様にお伝えしましょう」

「頼んだ」


 と言うのは晴政と源十郎が考えた芝居である。本当ならばジャヤカトワンを討ち取った将軍として褒美をもらえる筈だったところを、晴政はその機会を放棄したのだ。


 ○


「は? あんた馬鹿じゃないの!?」

「真の武士と呼んでくれ」

「あんた、伊達の当主でしょ!? どうしてせっかくの機会を捨てちゃったのよ!?」

「まあまあ、桐様。落ち着いて下され」


 事情を話したところ桐にはブチ切れられたが。


 かくして、サーレイ城は大八洲勢の手に落ちた。だが、彼らにとっての試練はまだ残っていた。



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