サーレイ城東門の戦いⅢ

 築山に設置された大砲と大型弩砲。数えきれないほどの長弓による攻撃がサーレイ城を襲う。


「閣下、北の壁が崩れました!」

「魔導士を向かわせよ!」

「はっ!」


 出丸の各所が崩れていくが、ジャヤカトワン将軍は魔女を最大限有効に活用し、逐一修復させていた。


 だが、それは蜘蛛の糸の上を綱渡りするようなもの。何かの弾みでその近郊は容易く崩れ去る。


「ウィヤット様、討ち死にされました!」

「クッ。厳しいな……」


 運が悪く砲弾が直撃すれば、いくら魔女とて助からない。戦闘が始まって半日。前線で城壁の修理を行う貴重な魔導戦力は確実に摩耗しつつあった。


「閣下、反撃はされないのですか?」

「反撃などしても無意味だ。大八洲の兵力はこちらの10倍なのだぞ」

「しかし……」

「今は耐えよ。ひたすら耐え抜くのだ」

「――はっ!」


 反撃に出れば防御が疎かになりより多くの兵が失われる。ただでさえ兵力が少ないマジャパイト軍にとってそれは痛過ぎる。


 とは言え、何も出来ずにただ撃たれるに任せるというのもまた、兵の士気に関わる。ジャヤカトワン将軍は難しい判断を常に迫られているのだ。


 大八洲軍の砲火が止むことはなく、更に半日が過ぎた。


「閣下、兵の損耗率が10パーセントを越えました」

「エスペラニウムも備蓄が底をつきつつあります」

「兵は疲れ切り、もう限界です……」

「まだだ。まだ、時間を稼がねばならない……」


 ジャヤカトワン将軍は悲壮な決意を語るしかなかった。


 ○


「晴虎様、お味方、射撃を続けておりますが、依然として敵の出丸は落ちませぬ……」

「我の見込んだ通りだ。だが、敵は相当に疲れているであろう」

「我らも疲れておりますから、敵の疲れは言うに及ばずかと」

「うむ。なれば、ここで落とす」

「ついに動かれるのでございますね」

「これより、出丸を落とす! 諸将は兵を集めよ」


 晴虎はついに強攻を決意した。


 参加する兵力は総勢でおよそ一万五千。更には晴虎が指揮を執る。この一戦で勝負を決める。そういう戦いである。


「武田、伊達を前に出せ。ただし、出過ぎるでないぞ」

「はっ」


 武田勢と伊達勢は、出丸を側面から攻める部隊である。晴虎はまず、側面から圧力をかけるように命じた。


 ○


「晴虎様からの命だ! 者共、進め!」

「晴政様、我らが出丸を落とす必要はありません」

「分かっておる、源十郎。適当に矢を撃ちかけるのみでよい!」


 弓がギリギリ届く距離にまで前進。そしてその場で矢を撃ちかける。


「敵の反撃です!」

「守りを固めよ!」


 これ以上前に進む気はない。伊達と諸大名の軍勢はこの場所にどっしりと構える。


 大番衆や飛鳥衆が鬼道を用いて厚い壁を作り、その隙間から弓隊が絶え間なく矢を射る。敵も味方も死傷者がほとんど出ない戦いであった。


「敵を引き付けよ! 敵の目を欺くのだ!」

「「おう!!」」


 半円形の出丸の左右で激しい撃ち合いが始まった。一見して意味がないように感じられるこの行動だが、全ては晴虎の思惑通りである。


 ○


「懸れ乱れ龍の旗を掲げよ! 我に続け!」


 白馬に跨り鎧も身に付けず黒衣だけを纏った異様な男。それこそが上杉四郞晴虎である。


 晴虎は突撃を示す旗を掲げさせると、馬をいななかせ、家臣を置き去りに駆けだした。


「と、殿!?」「殿に続け!!」「早く進むのだ!!」


 その後ろを上杉家の直轄部隊四千が追う。


 ○


「て、敵の――あれは晴虎? が、迫ってきます!」

「晴虎だと!? 私も行く!」


 ジャヤカトワン将軍は出丸の正面に来て、物見の示す方向を見やった。


「は、晴虎だと……?」


 それは間違いなく征夷大將軍の晴虎であった。大八洲の最高指導者が、鎧すら着込まず、供回りすら連れず、突っ込んでくるのである。


「奴は敵の将軍だ! 皆、撃て!」

「「おう!!」」


 ここで晴虎を討ち取れば、大八洲という国が傾く。ジャヤカトワン将軍は何が何でも晴虎を討つよう命じた。


「当たらぬ、のか……」


 弩から放たれた矢は、まるで意志を持っているかのように、晴虎の横をすり抜けていく。これにはジャヤカトワン将軍も驚かされざるを得なかった。


「いや、違う……晴虎は囮だ! 敵はここを落とす気か!」

「か、閣下……?」


 ジャヤカトワン将軍は気づいた。晴虎がこの出丸の弱点を見抜き、正面から突破を試みようとしていることを。晴虎が単騎で突っ込んできたのは、自分を囮にしてこちらの判断を鈍らせる為。


 戦いの肝は、半円の先端にあったのだ。


「我々は、城壁と出丸から十字のような射線を確保することで、我らが兵を退けてきた」

「は、はい……?」


 要は十字砲火である。半円と城壁から同時に射撃を行えば、ほとんどの場所で十字砲火が成立し、攻め手は極めて不利な状況で戦わねばならなくなる。


 だが、それにも一か所だけ抜けがある。


「で、あれば、出丸の真正面から攻め立てればよい。それに気づくとは、見事だ、晴虎」


 要塞の真正面だけは、十字砲火を行うことが出来ない。これこそが唯一の弱点である。


 案の定、暫くすると晴虎は退き、代わりに大八洲の大部隊が突撃してきた。


「正面に兵を集めよ! 突破を許すな!」

「し、しかし、他の部隊も応戦で手一杯です!」

「そう、か。やってくれる……」


 ジャヤカトワン将軍は震える拳を握りしめた。

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