サーレイ城東門の戦いⅡ
「あの武田殿が敵を見誤るとは、珍しいこともあるものだな」
「あの方にはちょうどいいかと」
朔はせいせいしたという感じに。
「まだ根に持っておるのか、朔?」
「信晴様が名を改めぬ限り、根に持ち続けます」
武田樂浪守源信晴が「晴」の字を後ろに持ってきたという問題。当の晴虎はまったく気にしていないのだが、朔は未だにねちねちと根に持っていた。
さて、それは置いておいて。
「この城、我の見立てよりも堅き城であるようだ。我も全力を以て当たるのが、礼儀というものであろう」
「――晴虎様は、マジャパイト人を赦さぬのではなかったのでございますか?」
これまで晴虎は、諸大名による乱取り(占領地における略奪)や落ち武者狩りを、奨励もしないが、禁止もしてこなかった。それはひとえに、晴虎が二度も裏切りをしようとしたマジャパイトに非常に憤っていたからである。
「此度の敵には義が見える。マジャパイトという国に対する義が」
「それは……悪にも義は、あるのでしょうか?」
「うむ。我は少し、怒りに身を任せ過ぎていたようだ。マジャパイト人のことごとくが悪人であるとは限らぬな」
「晴虎様……」
――自らの非を、認められた……
完全無欠と思われていた晴虎が、こうもあっさりと心を動かされている。朔には分からないが、この城の将軍――恐らくジャヤカトワン将軍――はそれだけ優れた人なのだろう。
「なれば、このような将を無下に失うのは惜しい。どうにか城を明け渡すよう、申し伝えるのだ」
「どのような条件で伝えましょう」
「城兵も将軍も逃がすと伝えよ。何か他にも要求があれば、それにも応じよう」
「よ、よろしいのでございますか?」
「構わぬ。このような戦で死なれては、我の相手がいなくなる」
この戦い、籠城側に勝ち目はない。あるのはいかに時間を稼げるかのみ。晴虎は、そのようなつまらない戦で将軍を死なせるのをよしとしなかった。
数十分後、城内からの返事が届いた。
「何と申しておる」
「申し出は誠にありがたいが、我らは最後の一兵となるまで戦い抜く、と。マジャパイト王国より撤退するのであれば城は明け渡すとも申しておりますが……」
「……で、あるか。分かった。武田殿と北條殿に、出丸の近くに築山を築かせよ。諸大名の指揮を両名に任せる」
「承知しました」
築山とは人工的に作った小さな山のことである。ここに弓隊や銃砲を置いて城門を攻撃する。山のような精密さの要らないものならば、鬼道を用いて簡単に作れるのだ。
しかし、ジャヤカトワン将軍はそう甘い男ではなかった。
○
「武田殿、北条殿、襲撃を受けております!」
「何? 打って出てきたというのか」
晴虎は少しだけ驚いた様子を見せた。
「いえ。それが、突然背後から現れたとのこと」
「――伏兵か。数は多くはない筈だ。各々に任せる」
「はっ」
城下町に潜んでいた伏兵が、期を見て襲い掛かって来たのである。神出鬼没に現れては、弩を数発だけ放って、追いかけられると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
所詮は伏兵。数自体は多くはなく、増援を送る必要もないが、作業は遅滞しつつあった。
「曉よ、伏兵を探し出し、捕えて参れ」
「はい。承知しましたわ」
真っ白な装束を纏った少女、曉が率いる麒麟隊は、城下町に繰り出していった。
○
曉は城下を練り歩き、人間がやっと通れるような狭い路地に至るまで、虱潰しに探させていた。
「そっちも探しなさい」
「はっ」
「黑川隊はここで待機。辺りを見張っておきなさい」
「承知しました」
しかし、半日が経とうとしている今になっても、敵兵は一人として見つけられていなかった。
「曉様、また敵襲があったようです!」
「チッ。どうなっているのよ……」
武田、北條隊の近くは当然、最初に捜索した。その時は敵兵などいなかった筈であるのに、また襲撃があったという。
「このままでは晴虎様が……」
「どう、されました?」
「何でもないわ。さっさと探しなさい!」
「――はっ!」
曉の周りを護衛しているのは僅かに数名のみ。だが、麒麟隊のほぼ全兵力である3,000を使ってもなお、城下町に潜む伏兵は見つけられていない。
曉にはひたすら苛立ちが募っていた。
○
「やはり、地の利は敵にあるか」
「そのようでございますね」
朔は答えた。
初戦での敗退から、もう夜中だ。上杉家の直轄部隊を他にも派遣したが、それでも敵兵は見つからなかった。
「兵は疲れたであろう。全ての兵士を築山の周囲に集め、交代で見張に当たらせるようにせよ」
伏兵をあぶりだすことを晴虎は半ば諦めていた。地図もない都市を隅から隅まで探すというのは、いくら大部隊を率いていても無理がある。
不甲斐ないことではあるが、伏兵に対しては受動的な作戦を取るしかないのである。
○
出丸の内側にて。
「これで、まずは一日、乗り切りましたね」
「ああ。こちらも兵を休ませよ」
ジャヤカトワン将軍は意外にも休息を命じた。
「警戒はされなくてよいのですか?」
「あの男は夜には攻めてこない。そういう男だ」
「そ、そうですか。分かりました」
晴虎は義を重んじる男。夜襲は好まない筈だ。それに、大八洲の兵もまた疲れている。それらに無理をさせるような男でもないだろう。
サーレイ城の戦い。一日目はマジャパイト軍に軍配が上がった。
○
翌日の夕方。
「晴虎様。築山は完成し、大砲なども配置を終えました」
「で、あるか。出丸に対し、決して止まぬよう、射撃を続けよ」
「それは……」
「うむ。根比べだ」
要は兵力に任せた消耗戦である。晴虎の電光石火の采配は挫かれつつあった。
「ジャヤカトワン、よき相手じゃ……」
晴虎は、マジャパイトで初めて現れた好敵手に思いを馳せた。
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