サーレイ城東門の戦い

 ACU2309 10/18 マジャパイト王国 ヌガラ島 サーレイ


 上杉四郞晴虎はヌガラ島の城や砦を電光石火の勢いで陥落させ、南北には既に島の半分を進んでいた。制圧は後詰の部隊が行うが、既に壊滅している守備隊に、抵抗を行う能力は残っていないだろう。


 これは現代的に言えば電撃戦に近い戦い方なのだが、その考え方はまだこの世界にはない。晴虎個人の天賦の才がもたらしたものである。


 さて、大八洲軍の兵力は相次ぐ戦いにより三万を割り込んでいた。疲弊が徐々に蓄積される中、彼らが次の目標とするのは南部の要衝サーレイにあるサーレイ城であった。


 丘陵に沿うように建てられ、堅固な石垣と複雑な城壁に囲まれた堅城。晴虎はまず降伏の勧告を出した。


「晴虎様、返書が来ております」

「見せよ。――む、降りはせぬ、か。マジャパイトにも少しは骨のある者がいたようであるな」

「そのようですね」


 ここまで徹底抗戦を宣言してくる城は初めてだった。それ故、晴虎はこの城の攻略に最新の注意を払うべきであると諸将に伝達した。


 すると、今度は偵察部隊からの報告が届いた。


「晴虎様、城門が1つを残して塞がれているようです」

「寡兵では守り切れぬと踏んだか。なかなか賢い将がいると見える」


 単なる蛮勇ではない。この城を守るのはかなりの知略と勇気を兼ね備えた将軍であるようだ。その男に、晴虎の記憶には思い至る者が一人だけあった。


「この城を守る者、ジャヤカトワン将軍、であるかもしれぬな」

「ジャヤカトワン……天下無双の名将と知れ渡る方ではございませぬか!」

「で、あるな。これは、骨が折れるやもしれぬ」

「大丈夫、なのでしょうか?」

「落とせぬことはない」

「そ、そうでございますか……」


 晴虎はこれまで、城の攻略については殆ど関心を持たなかった。晴虎がわざわざ出張らなくとも諸大名の力量で十分に落とせたからである。


 だが、今回は違う。好敵手を見つけた時の鋭い眼をしている。朔はこれまでの戦とは違うことを肝に銘じた。


「まずは敵の出方を伺わねばならぬ。武田殿に頼もうぞ」

「――承知しました」


 朔は武田樂浪守源信晴に晴虎の命令を伝達した。


 ○


「この儂を物見に使うとは、晴虎もやってくれる」

「お館様、そのようなことはあまり……」

「分かっておる。物見をせよと命じられてのならば、武田の武名にかけて果たしてみせよう。山縣隊、進め」


 信晴は軍配を振り下ろした。


 山縣隊は武田家の中でも精鋭の部隊である。兵力はおよそ二千。まずは一当てして様子を見る。


 ○


 件の東門の内側。


 東門には半円形の出丸が設置されており、その側面に沿うように浅めの堀が掘ってある。大八洲軍が襲来するまでの僅かな時間で出来た、最大限の準備だ。


 兵士たちはジャヤカトワン将軍の指示を待っている。


「敵軍、接近しています!」

「兵力はおよそ2,000!」

「こちらの出方を伺うという訳か……」


 ジャヤカトワン将軍の手勢は総勢で3,000ほど。門を塞いだとは言え四方に防備の兵は必要であるから。この東門を守る兵はおよそ1,800である。


 敵の一部隊の中の更に一部隊。それですら東門の守備隊より兵力が多い。兵力の絶望的な差を改めて思い知らされる。


「敵兵、距離300パッスス!」

「まだだ。引き付けよ」


 整然として迫る、鎧兜を赤く染めた兵。噂に聞く武田の赤備えであろう。


「敵の攻撃です!」

「焦るな。隠れていればいい」


 大八洲の弓隊による攻撃。だがマジャパイト側は何もしない。矢の雨に打たれるに任せ、ひたすら期を伺う。


「堀に入られました!」

「いちいち言われなくても分かる!」

「す、すみません……」

「――謝る必要はないが」


 大八洲軍は堀に入った。そして出丸に取りつかんと、おめき声を上げながら走り寄ってくる。


「弩隊、構え」

「総員、構え!!」


 出丸に3層に渡って開けられた狭間より、1,800の兵士のほぼ全員が同時に弩を突き出した。一兵たりとも遊兵を作らない工夫である。


 大八洲兵はその様子にも臆さず、距離を詰めてくる。ついに互いの黒目が見えるまでになった。


「撃て」

「撃て!!」


 極限まで敵を引き付けてからの一斉射撃。少しでも好機を見誤れば簡単に出丸は突破されてしまうだろう。だがその分、成功した際の効果は絶大である。


 矢の雨に薙ぎ払われ、あっという間に敵兵の半分ほどが戦闘能力を失い、残った者も先程までの勢いを完全に失った。


「躊躇うな。撃ち続けよ!」


 素早く装填を済ませ、ダメ押しの斉射。更に半分以上の兵が倒れる。


「閣下、ここまでやる必要があるのでしょか? 敵を追い払えば十分なのではと……」

「いいか、城に引きこもっているようでは戦には勝てない。盾で守るのではなく、矛で並みいる敵を打ち払うのが、籠城というものだ」


 ○


 その頃、撃たれている側の様子は悲惨なものだった。


「お味方、大変な被害を受けております!」

「こ、この……皆、退け! 無駄に命を散らす出ない! 大番衆と飛鳥衆は足輕を守るのだ!」

「「はっ!!」」


 山形次郞三郞信景は、死屍累々の戦場を見て、直ちに撤退を命じた。だが、そうする間もマジャパイト側の攻撃は止まない。


 大番衆や飛鳥衆で矢を防ぎつつ、大弓で敵をしながらじりじりと下がる。ここで秩序が崩壊しないのは、流石は武田の赤備えと言ったところ。


 最終的に、飛鳥衆にすら損害を出しながら、山縣隊は撤退を何とか成し遂げた。


 ○


「お館様、申し訳ございませぬ!」


 信景は鎧を脱ぎ捨て、信晴の前で土下座した。


「信景、謝るのならば儂ではなく死んだ者に謝るのだ。何より、敵を軽んじた儂にも非がある」

「そ、それは――しかし、お館様から預かりし兵を五百も失ってしまいました」

「五百でよく済ませてくれた。お前には寧ろ礼を言わねばならぬ」

「れ、礼など、私には……」

「よいか。まずは勝つことを考えよ。これでまた無駄に兵を散らせば、何の為にお前の兵は死んだのだ?」

「……はっ!」


 一瞬にして精鋭中の精鋭の山縣隊が撤退に追い込まれた。この衝撃的な報告はすぐさま晴虎の下に届けられた。

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