不死隊長ジハードⅡ

「ところで、後学の為聞きたいのだが――」

「はい。何です?」


 気付けばジハードとクロエはごく自然に風呂に入っていた。


「マキナ、だったか、その者はどうして魔法を使えるのだ?」

「彼女は体の維持の為に常に魔法を使い続けなけらばならないので、体の中にエスペラニウムを入れてるんですよ」


 それなりに秘密にしていたことだったが、(客観的には)エスペラニウムなしで魔法が使えるという能力が露呈した以上、隠しても意味はないとクロエは判断した。


「体の、中に……?」

「まあ、中、でもないですね。鉄で出来ているところにエスペラニウムを入れておくところがあって、それで魔法を使っています。マキナ、折角なので見せてあげて下さい」

「承知しました、クロエ様」


 マキナは胴体の空白部分に手を突っ込んで、腰の上に付けられた蓋を開けた。人間で言えば脾臓とかがあるべき場所であろうか。


 開けてみると、中には紫に淡く輝く鉱石――エスペラニウムが詰まっていた。これが尽きるまではマキナは魔法をいくらでも使えるのである。身ぐるみはがされても魔法を使える人材という意味であれば、シグルズと双璧を成す存在だ。


「なるほど。とても人間には出来ない芸当……だろうか……?」

「おや、何か良からぬことは考えてはいませんか?」

「そ、そんなことはない……」


 ジハードの頭をよぎったのは、人間の体を切り開いてその中にエスペラニウムを詰め込むという悪魔のような発想。完全に戦争の為だけに生きる兵士を作るという発想だ。


 だがすぐにかき消す。そのような道義に悖る真似は決して許されない。


「しかし、事故で失った部分を魔法で修復したとは言うが、それは本当のことか? そのような例は聞いたことがないが」


 ジハードの知っている限りでは、こんな姿になってまで生きている人間は、ヴェステンラント人と言えども他にいない。それにこんな魔法が発明されたという話も聞いたことがない。


 こんな有用な技術があるのならば、ヴェステンラントはもっと大々的に使っていてもおかしくはない筈だが。


「ええと、それは、彼女が世界で最初の例だからです。まだ実用化はされていませんが、命が助かるのならどんなことになっても構わないという前提で、このような魔法が施されました」

「……」


 これまでと違って歯切れがよくない。何か隠し事をしているのではないかと、ジハードは怪しんだ。


「本当か? どうしてそう焦っている?」

「いや、それは……」

「ジハード、貴様など殺そうと思えば今すぐ殺せる。黙れ」

「ひっ――」


 マキナがどす黒い声で一括すると、ジハードは子供のように引っ込んだ。


「まあまあ、いいのですよ、マキナ」

「出過ぎた真似を、失礼致しました」

「…………」


 どうやら隠し事をしているらしいというのは確信出来た。しかし、もう一度尋ねたら殺されるの分かった。


「ところで、白人のあなたがどうしてここで働いているんです?」


 クロエは尋ねた。するとジハードは若干元気を取り戻す。


「それは、陛下が私を取り立てて下さったのだ。自分で言うのもあれだが、私はこの国では魔法の才がある方だ。だが白人というだけで大したことも出来なかった。その時に私を陛下が取り立てて下さったのだ」

「何と言うか、陛下への愛が深いですね……」

「無論だ。私は陛下の大恩に報いるべく、陛下の矛として仕えているのだ」

「それが陛下に無断でこんなことをしますかね?」

「――それは……」


 確かに、矛盾だ。クロエ暗殺が成功したとして、アリスカンダルはきっと迷惑に思うだろう。それは恩を仇で返すというもの。


 ではジハードは行動の動機は何か。


「わ、私は、戦場を駆けられていた、かつての陛下が好きなのだ! 今の陛下は、あなたも見た通り、腑抜けだ……」

「それは結局、あなたの勝手で陛下の気持ちを踏みにじるということでは?」


 意地悪な言い方であるのはクロエも分かっている。だが、突き詰めればそういうことだ。ジハードはアリスカンダルを望まない道に進ませようとしている。


「そ、そんなことは……」

「まあ、それは置いておいて、では、どうして戦場を駆けている陛下が好きなのですか?」

「それは、その、戦場を駆ける勇敢な男が格好いいと思うのは当然のことだろう? それに、あの頃の陛下は何においても輝いていた」

「……しかし、あなたが陛下に仕えているのは、極論すれば優しくしてもらったから、ですよね?」

「ま、まあ、そうなるな」


 助けてもらった、取り立ててもらったというのは、つまるところアリスカンダルに優しくしてもらったということに他ならない。


「そうであるのに、戦いに明け暮れている方が好きなのですか? 今のように静かな情勢下であれば、毎日のように夜を共にでもしていればいいではありませんか」

「す、少なくとも、陛下とそんな、いかがわしいことはしないが……」

「それとも、今は優しさすら消えたのですか?」

「いや、そんなことはない。今だって、陛下は臣下のことをよく気遣う、素晴らしい君主だ」

「でしたらどうして、陛下を元に戻そうとするのです? こんな危ない橋まで渡って」

「それは……それ、は……」


 好きな人の格好いい姿が見たい、などという軽薄な理由でことを起こした訳ではない。しかし、であれば何故に自分はこのような凶行に及んだのか、ジハードは分からなくなってしまった。


 クロエは頭を抱えているジハードを一瞥すると、立ち上がって伸びをした。


「私はそろそろ出ます。それでは、また」

「あ、ああ。そうか」


 マキナも無言で立ち上がり、クロエについていった。


 一人残されたジハードは、今までの会話について考え続けていた。

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