あなたの労働者Ⅱ

「あの、シグルズ様」


 ヴェロニカはシグルズの腕をとんとんとつついた。


「どうした?」

「あの人、何だか、こう、おかしい気がします」

「大雑把過ぎるんだけども……」

「何というか、その、人間らしくないというか……」

「それはそうだけど」


 確かに、その為人は全く人間らしくはない。だがヴェロニカが言いたいのはそういうことではないようだ。


「そういうことではなくて、こう、重さが偏っているというか……」

「……?」


 シグルズにはヴェロニカが言いたいことが全然分からなかった。


 しかし、クロエの方はというと、ヴェロニカの言動に酷く注意を払っているようであった。それを察してシグルズは、ちゃんと話を聞くべきだと判断する。


「ええと……つまりですね……そう、これは義足を付けている人に似ています」

「義足……」

「っ――」


 その言葉にクロエが反応した。つまりは、これはそれなりに的を射ているのだろう。


「2人とも、丸聞こえなのですが」

「別に隠すことじゃないし」

「そうですか」


 隠すつもりがないというよりは、寧ろあえて聞かせている。クロエは案外顔に出るから、それを見れば真偽が判断出来る。


 改めてヴェロニカの指摘について検証してみる。


 まず、マキナは足先から首に至るまでの悉くを何らかの形で隠しており、仮に義足や義手を付けていたとしても、見た目では判断出来ないだろう。


 しかし、義足を付けているにしては動きが滑らか過ぎる気もする。生身の足とまるで変わらない動きをしているように見える。


 ――じゃあ、こうしよう。


「目に入る光の波長を短く」

「?」


 その人が義足であるかを判断する方法。それは、現代的な言い方をすればサーモグラフィを使うことである。しかし、そんな機械はこの世界には存在しない。


 ではどうするのか。答えは、魔法を使うことである。だが、少しばかり物理学の知識を応用する必要がある。


 全ての物質は熱を放っている訳だが、その正体は赤外線で、光の一種(正確には光も赤外線も電磁波の一種)であるが、これは人間の見える波長の範囲から外れている為に通常は認識出来ない。


 そこで、光の魔法を使って目に入る光の波長を変更すれば、サーモグラフィを再現出来るのである。因みに、今思いついた。


 空が暗くなり、町の色は気分の悪くなるものに変化する。が、代わりに人間が赤く見えるようになってくる。


 ――これ、新手の覗きなのでは?


 人間の体だけが浮き上がる。仮に義足などがあれば、その部分はまた違った色に見えるだろう。


 ということで、シグルズ以外が困惑する中、彼はマキナを観察してみることにした。だが、その結果は予想外のものであった。


「え?」


 図らずもそんな声が出てしまう。


 ――体が、バラバラ、なのか……?


 マキナの体は複数に分かれているように見えた。


 例えば右腕を見れば、ひじから肩の間が空白で、そこから下がまるで宙に浮いているようになっている。左腕は単にひじから先がなかった。


 それに、胴体すら2つに分かれていた。上半身と下半身の間に何もない空間があって、彼女の体が浮かんでいるのである。


 シグルズは始め、この魔法が不完全なものなのだと推測した。単に精度が悪いだけなのだろうと。


 しかし、クロエやヴェロニカを見ると、その体は人間として万全な状態に、五体満足に見えた。道行く人も皆、稀に義足や義手の者もいたが、五体が揃っている。


 つまり、マキナは本当に体が激しく欠損しているのだと考えるのが妥当だ。


「マキナの体は、一体、どうなっているんだ……?」

「な、何の話ですか?」

「例えば……どうして、体が真っ二つになっているの?」


 これはクロエの反応を試しているとかいうものではない。シグルズ自身、本当に信じられないでいた。ただ反射的に、それが事実なのかを確かめた。


「! どうして、それを……」

「本当、なのか……」

「あの、どうしたんです?」

「いや、その、何というか……」


 確かにこれはヴェロニカも困惑するだろう。人間としての形すら保っていないのだから。同時に、どう説明するべきか分からないのというのが、シグルズにも理解出来た。


「まあいいです。こうなっては隠し立ても無用でしょう。少しだけ、情報をあげます」

「頼む」


 クロエは一先ず、シグルズが見たもの――マキナのバラバラの体は事実であると言った。実際にマキナに体は分裂しているのだと。


「――それで、その間は鉄の骨で繋がれています。マキナ、右腕を見せて下さい」

「承知しました」


 マキナは袖を捲る。


「…………」

「これは……」


 すると、肩の付け根から鈍色の骨のようなものが伸び、反対側に人間の腕の半分がくっついているのが見えた。肩からひじにかけてが鉄骨で置換されているような、そんな感じである。


「胴体もこんな感じで間が繋がっています。ここで見せることは出来ませんが」

「あ、ああ」


 それはそうとして、気になることはまだある。


「それって、神経とか血管が骨の中に通っているの?」

「さあ。それは私も分かりません」

「分からないって……」

「これは本当ですよ。彼女をこういう感じにしたのは私ではありませんから」

「じゃあ、何でそういう体に?」

「確か、瀕死の重傷のところを何とかして生かそうとした結果です」

「すごいな……それは」


 ここまで体が欠損しても生き延びられるなんて、地球の医療技術もびっくりだ。もっとも、ヴェステンラントでも大半の兵士が普通に死んでいく以上、それは一部の特権階級専用の技術だろうが。


 ――この魔法は、技術では代替出来そうもない……


 魔法を消したらマキナは死んでしまうのではなかろうか。シグルズに一瞬、迷いが生じた。


「君がシグルズ君かな?」

「はい?」


 その時、シグルズは見知らぬ男に突然話しかけられた。

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