あなたの労働者

「止めて!」


 クロエは短刀を召喚してシグルズの銃に突き刺した。火の粉が舞って、シグルズの対物狙撃銃は真っ二つになった。


「よしっ、成功」

「な、何を……」

「実はさ、僕には狙いなんて全くつけられてなかったんだよね。適当にそれっぽい感じにしてただけ」

「んなっ――!」


 クロエは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。彼女は今、ものの見事にシグルズの悪辣な罠に嵌められたのである。


 シグルズは最初から、マキナを撃つつもりなどなかったのである。まあ撃とうとしても撃てなかったのであるが。


 シグルズは、クロエが臣下を捨て駒にするような人間ではないと思っていた。故に、仮に見えない襲撃者がクロエの仲間である場合、銃で撃つ素振りを見せれば彼女は絶対に止めに入ると確信し、この作戦を実行したのである。


 期待通り、クロエはマキナを守ることを選んだ訳だ。


 また、ヴェロニカの方はそれっぽい掛け声を上げただけで、特に何もしていなかった。つまりは、騙された。


「で? そろそろ正体を教えてもらいたいんだけど」

「…………」


 クロエはシグルズを恨みがましげに睨みつけた。しかし、ここまでしてしまった以上、言い逃れは出来ない。素直に降伏する以外に道はないだろう。


「はあ。分かりましたよ。マキナ、来て下さい」

『了解しました』


 シグルズの主観からすると、目の前に突然少女が現れたように見えた。


 少女は絵に描いたようなメイド服を身に纏っていた。しかし、その顔には表情というものが見当たらず、まるで人形のようであった。


 ――生きてはいる、よな。


 よくよく観察すれば呼吸はしているが、それ以外では微動だにしない。それは不気味ですらあった。


「彼女はマキナ・ツー・ブラン。私の――まあ、専属の世話係みたいなものです。特に公式な称号はありませんが」

「世話係が出来そうな感じじゃないけど……」


 愛想がなさ過ぎるのだが。


「よく言われますが、私は慣れているので問題ありません。とても優秀な人間ですよ」

「そう。いやいや、僕が聞きたいのはそういうことじゃなくて――」


 そんな人柄の紹介をされても困る。シグルズに必要なのは、全身の迷彩というかつてない魔法についてである。それに、その名前も気になる。クロエと同じ名字をしている。


「その魔法について、聞かせてもらえる?」

「秘密です」

「……そりゃそうか」


 教えてもらえる訳がない。これについては素直に引き下がることとした。


「じゃあ、その名前については? ブランというのは意味があるの?」


 シグルズは合州国の名字事情については明るくないから、ブランというのが割とありふれた名字だという可能性もある。しかし、ツーというのは貴族が持つ称号である訳で、同じ名前の家が同時に存在しているというのには違和感がある。


「マキナは……その、代々我がブラン家に仕える家系の者なのです。ええ、ブランというのは、この功に報いて先代の当主が与えたものです」

「そう」


 ――怪しい。


 クロエの説明に矛盾はないようであるが、やけに歯切れが悪い。まるで即興の演説をしているかのようだ。わざわざ思い出しながら喋ることでもないだろうに。


 しかし、矛盾を突くとかいうことも出来ない以上、問い詰めても無意味であろうとシグルズは判断した。


「ところで、君は何か喋らないのか?」


 シグルズはクロエではなくマキナに向かって話しかけた。シグルズは未だに彼女の声を知らない。


「…………」

「…………」


 無表情でにらめっこ。残念ながら結果はシグルズの負けである。


「クロエ、彼女は、もしかして口がきけないの?」

「いいえ。結構喋りますよ。ただ、私が許可しないと喋らないだけです」


 クロエはクスリと笑った。明らかに故意犯である。


「いや、だったら許可してよ」


 ――今の時間、完全に無駄だったじゃないか。


「――ええ。分かりました。マキナ、受け答えを許可します。はい、どうぞ」

「受け答えって言われても……」


 ちょっと声を聴いてみたいだけであった、何かを聞きたい訳ではなかった。尋ねたとしても、平気で聞き流されそうだ。


 ただ、せっかくなので何か質問を考えてみることとする。


「じゃあ……クロエのことは好き?」


 問うと、マキナの眉が僅かだけ震えた。そして発せられた言葉は、予想の斜め上を行くものであった。


「貴様のような下等な人間に応えるいわれはない。黙れ」

「……へ?」


 まるで日常の報告を読み上げるかのようにして、とてつもない暴言を吐いてきた。これにはシグルズもびっくりである。


「加えて、我が主たるクロエ様に向かってそのふざけた態度は許容しかねる。クロエ様を敬服し、そして口を慎め」

「ええ…………」


 ――愛が重いよ、君。


 心なしか、当のクロエすら苦笑いを浮かべているように見えた。


「その……マジ……?」

「クロエ様に触れるな」

「触れようとしてないじゃん……」

「マキナは仲間以外には――まあ仲間にもこんな感じなので、はい」

「はあ……」


 ――そりゃ、受け答えを許可制にするわ。


「クロエ様が穢れるだろうが。この下衆が」

「ええ……」

「……マキナ、許可取り消しです」

「承知しました、クロエ様」


 そしてマキナは何も喋らなくなった。まるで機械を相手にしているようだ。

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