透明な魔女

「白の魔女にして白公殿下がすぐそこにいる。さてどうしたものか」

「何言ってるんですか?」

「いや、だって、あれ白の魔女なんだよね」

「へ?」


 ヴェロニカは硬直した。そう言えば、彼女は直接クロエの姿を見たことはないのであった。驚くのも無理はない。


「ど、どど、どうするんです!?」

「いや、だからどうしようかって悩んでいたんだよ」

「え? あ、ああ、そういう……」

「あの、聞こえてるんですが」


 本人に丸聞こえで作戦会議をする2人に、クロエはちょっかいをかけてみた。顔がほころびそうなのは辛うじて我慢した。


「ああ、どうも。久しぶり――いや4日ぶりくらいか」


 戦場で会うのならともかく、武器を使えないこの状況下でどう対応するべきかについては、シグルズにも分かりかねた。そしてどうやら、この場合においては社交経験豊富なクロエの方に利があるようだ。


「ええ。そうですね。まさかこんなところで会うとは、世間は狭いですね」

「う、うん、そうだね……」

「ここに来た理由は何ですか? やっぱり気が変わってヴェステンラントに亡命する気になったとかですか?」

「いや、それは断る。前にも言っただろう? 僕は魔法をこの世界から消し去る」


 その時だけ、シグルズの目が輝きを放った。その覚悟は本物らしい。


「そうですか……残念です」

「言っとくけど、君に個人的な恨みとかがある訳じゃない。何なら、ヴェステンラントにも特に恨みはない」


 強いて言うのならば、魔法を生み出した存在――この場合は神――に恨みがある。確かに、こんな便利なものを見せられて、使うなという方が無理がある。


 ――まあ、アメリカの位置にあるせいで悪いものに見えるってのはあるけど。


「そうですか。まあ、私は哲学にはさして興味ないので、理由は問いません」

「そうか。助かる」


 哲学の問答をするのは、シグルズも大して好きではなかった。


「シグルズ様、ちょっといいですか?」


 ヴェロニカが小声で呼び止める。


「いいけど……」


 クロエをちょっと待つよう手で静止しつつ、ヴェロニカに耳を近づける。するとヴェロニカは意外なことを言い出した。


「……魔導探知機が反応しています。ちょうどそこの建物の屋上です」

「屋上……?」


 ヴェロニカの指示する方向を見てみる。だが何も見えない。


「もしかして、例の透明なやつ?」

「はい。恐らくは」

「そうか……」


 魔導探知機まで反応しだしたとなると、ヴェロニカの勘違いという線は消えた。


 そして繋がった。


 恐らくクロエには特殊な魔法が使える護衛がいて、クロエの行く先々で誰にも見られずに彼女を見守っているのだ。先日はそれをヴェロニカが見つけたのだろう。


「クロエ、人を透明にする魔法を知ってる?」

「――いえ、聞いたことがありませんね」


 ここに来て、クロエは初めて、一瞬だけだが口ごもった。これは図星ということで違いないだろう。


「そう。じゃあ、そこにいるのは君も知らない誰かなのか」

「よく意味が分かりませんが」

「だったら、不審な魔導士を確認したということで、捕縛させてもらう」

「そうですか。勝手にしてください」

「――そう」


 案外部下に薄情な人間なのだろうか、などと考えつつ、シグルズは魔法で銃を召喚した。今回は一撃の威力を重視した対物狙撃銃である。


 周囲の人々が騒然とし出すのは気にせず、シグルズは透明な魔導士に向かって照準を合わせた。


 ○


 ――まずいですね……


 クロエは出来れば知らん顔を貫きたかった。だが、このままだと最悪の場合マキナが重傷を負う。


 逃げようとせず、微動だにせずに突っ立ているのは、動いた瞬間に位置を特定されて撃たれるからだ。状況は完全に膠着状態に陥った。


「シグルズ、街中で銃を見せびらかすのは感心しませんよ」

「わざわざ透明になって僕たちをつけてくるような魔女を、放ってはおけないだろう?」

「……」


 何も言えない。例えばクロエは全く同じ状況に置かれたとしても、シグルズと同じ行動を取るだろう。シグルズの行動に不審な点はないのだ。


 ――警察か軍が来るのを待ちますか……


 どうやら一部の市民は法執行機関に駆け込んでいるようだ。このままずっと膠着状態が続けば、シグルズが不審者として捕縛されるだろう。クロエも巻き込まれるのは面倒であるが、背に腹は代えられない。


 このまま何事もなかったようにして、シグルズに精神衰弱のきらいがあるとでも説明すれば、万事解決である。


 と、そこでクロエは気づいた。さっきまでここにあったものが1つ、欠けている。確かヴェロニカとかいう少女だ。


 ――まさか!?


 冷たい汗が背を伝う。それはつまり、その少女が動いているということ。もっと言えばマキナを背中から刺そうとしているとうことだ。


 ――どうする?


 ヴェロニカがマキナを背後から奇襲したと仮定する。マキナのことだ。それ自体は回避出来るだろう。だがそうなったら最後。シグルズのいかつい銃がマキナを貫く。


 つまるところ、マキナとクロエの関係を隠し通す為には、クロエは知らないふりを貫き、マキナに血を流してもらわなければならない。


 選択肢は2つに1つ。マキナか、王家の名誉か。


 大公として、国の将来を背負うものとしては、絶対に後者を選ぶべきである。たった一人の魔女の犠牲で国の名誉が守られるのだから。


 だが、クロエはそこまで高尚な人間ではなかった。彼女にとってマキナは、育ての親であり、最も頼れる部下の1人であり、大の親友なのだ。


「もらった!」

「――!」


 ヴェロニカの鬨の声が聞こえた。思った通り、マキナの背後を取っている。


「よし……」


 そしてシグルズは笑みを浮かべて照準を合わせた。


 ――私は!


 そしてクロエは決断を下す。

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