第八章 ガラティア帝国にて
対ガラティア戦略
ACU2309 9/9 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「シグルズ。君に頼みたいことがある」
総統は妙に改まった感じで。シグルズは嫌な予感がした。
「な、何でしょうか?」
「我が国は今後とも、国力の大半を西部戦線につぎ込むことになるだろう」
「はい。そうでしょう」
「つまり、仮にも世界3位の魔法大国であるガラティア帝国に全くもって無防備な側面を晒すこととなる」
「まあ、はい。その通りです」
南部方面軍に回せるだけの十分な人的資源と軍需物資は、当面は確保出来ないだろう。確かに、もしもガラティア帝国が攻め入ってきたら、ゲルマニアは一瞬で滅びる。
「しかし、そうはならないだろうということではなかったのですか?」
外交中の理由からガラティアが動くことはまずないだろうと、この総統御前会議で確認が取れていた筈だ。ガラティアとゲルマニアの交戦は両国にとって不利益にしかならないのだと。
「確かにそうだ。そうなのだが、それはあくまで我々の勝手な推論に過ぎない。向こうのスルタンが何を考えているかなど、我々には分からないからな」
「それはそうですが……」
「そこでだ、君にはかの国のスルタンに不可侵の言質を取ってきてもらいたい」
「……え? 言ってる意味がよく分からないのですが……」
――何故に僕? 外交官やら大使がいるのというのに。
「これは、まあただの意地ではるのだが、君が開発した数々の兵器をスルタンにご紹介してきてもらいたい。我が国を攻めるとどうなるか、彼に見せつけてやれ」
「なるほど……」
事実としては、ゲルマニアにガラティアと同時に戦える力などない。だが、そんなことを悟られれば、どこまでも下に見られる。
であるならば、どこまでも意地を張って大きく出ようではないかということだ。
「それと、君は個人としては恐らく人類で最強に近い魔導士だ。万が一君が暴れれば、止められるものはガラティアにはいないだろう。そういうことだ」
「はあ……」
何と大胆なことか、総統はスルタンを武力で恐喝してこいと仰った。それこそ戦争の火種にでもなりかねないというのに。
――いや、その時はその時か……
ガラティア帝国はゲルマニアよりも遥かに結束の弱い連邦国家だ。そしてそれを取り纏めてるのはスルタン個人の手腕である。万が一の際は彼を殺してトンズラすれば。
「そういうことだ、シグルズ。頼まれてくれるか?」
「はい。総統閣下の御命令とあらば、喜んで」
という訳で、シグルズはガラティア帝国を訪問することとなった。
○
ACU2309 9/13 ガラティア帝国 レモラ王国 王都レモラ
軍用列車に揺られること数日。シグルズは因縁の土地に到着した。レモラである。
もっとも、あれからもう5年は経っている。レモラ一揆の傷跡はどこを探しても見つからず、相変わらず活気に溢れている。商人にとっては自分の命寄りの利益の方が重いのだろうか。
「それで、シグルズ様、これからどうするのですか?」
ヴェロニカは問う。レモラ中央駅までは到着したが、特に出迎えなどは見受けられない。
「一応地図っぽいのをもらってるから、多分そこに行けばいいんじゃないかな」
「そうですね。了解しました!」
仮にも正式な外交使節だというのにこの態度。ガラティア帝国はゲルマニア帝国を相当嫌っているらしい。こんな状態で本当に大丈夫だろうか。
「それと、運んできた武器はどうするんです?」
「こんな街中で出すのもよくないし、取り敢えずは置いていこう。警備は今いる兵だけで十分だろうし」
列車に積んできた機関銃やら機関砲は一先ず置きっぱなしにし、シグルズはヴェロニカを連れてレモラ市内へと歩き出した。
ブルグンテンとはまるで違う中世の街並み。ヴェロニカは歩いているだけで楽しそうであった。
○
一方その頃、レモラを訪れている女性があった。
その髪と肌は雪のように白く、その双眸は鮮血の赤。白の魔女、クロエ・ファン・ブランである。因みに、いつもの真っ白い服だと流石に目立つということで、幾分かおとなしい服装をしている。
――視線が刺さりますね……
もっとも、その珍しい髪と目だけでも注目の的となってしまっていたが。
彼女もまたシグルズと似たような理由でここを訪れており、同じ様に歩かされていた。こちらから言い出したとはいえ、クロエも少々苛立っている。
「それにしても、活気のある場所ですね。我が国とは大違いです」
『合州国では現在、戦争の為に多大な増税を実施しています。仕方のないことかと』
耳元からマキナの声。マキナはまたもやどこかの屋上に陣取って、クロエを護衛しているのだ。どうしてもクロエが独り言をぶつぶつ呟いているように見えてしまうのが欠点だが。
「分かっていますよ、それくらい。大体、増税したのは私ですよ」
『失礼しました、クロエ様』
こんな隔地で戦争を続けるなど正気の沙汰ではない。それくらいは分かっているつもりだったが、こうものびのびとしている国民を見せつけられると、ヴェステンラントが経済的には弱体であることを実感させられる。
『しかし、私が交戦した少女についてですが……』
マキナは言葉を選んでいるようだ。いつも明瞭な彼女にしては珍しい。
「ええ。対応は私たちだけでは決められません。まあ、この休戦期間の間に一度戻るというのもありではありますが」
『ゲルマニアを信用出来ません』
「はい。ですから、暫くは伏せておきましょう」
ゲルマニアがきちんと停戦を守るのか。クロエは疑っていた。それはゲルマニアの側も同じだろう。まあ、仕方のないことだ。
「ん?」
その時、クロエは見覚えのある人影を発見した。
『どうされましたか?』
「あれは……」
『……』
その黒髪を見て、すぐにクロエは正体に思い至った。
「シグルズ……」
『はい。そのようです』
「どうしてこんなところに……」
『分かりません。ですが、気付かれる前に離れた方がよろし――』
「気づかれました」
『……』
クロエとシグルズは今、完全に目が合った。
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