不朽の正義作戦
A.D.2181 8/6 太平洋上
『人類連合軍総司令官、楠政成である。今日は人類軍にとって記念すべき日になるだろう! これより我々は、アメリカ西海岸に上陸し、その本土を叩く! 不朽の正義作戦を開始せよ!』
人類とアメリカの最終戦争が始まって早3年。この日、人類連合軍――或いは人類解放戦線はついに、アメリカ本土への本格的な攻撃を開始した。
ハワイを制圧し、アメリカ西海岸へ向かうのは、水上戦闘艦500、飛行艦150からなる大連合艦隊である。
その中核を担うのは日中連合艦隊であるが、一隻でも艦船を出している国を列挙すれば、大日本帝国、中華民国、フィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ミャンマー、インドネシア、マレーシア、インド連邦、オーストラリア、ニュージーランド、サウジアラビア、イラン、シリア、ドイツ、イングランド、フランス、スペイン、チリ、ブラジル、アルゼンチン、カナダ亡命政府、メキシコ亡命政府という具合になる。
もっとも、最後の方に挙がった国は儀礼的に僅かな艦を提供しているのみではある。だがこれは人類軍の結束が弱いからではない。
他にも、ヨーロッパ戦線、アフリカ戦線、ロシア戦線、南米戦線などで人類とアメリカは激烈な生存競争を繰り広げている。そのいずれも、他の戦線に兵力を供給する余裕はなかった。
さて、大日本帝国では小学校から軍事教練が行われ、18歳になる頃には立派な兵士となるような教育がなされている。反米挙国一致内閣――西川内閣の功績だ。
少年もまた、模範的な日本人として育てられ、こうして波に揺られながらアメリカ本土を目指している。アラブの英雄ビン=ラーディンに続き、人類にとって二度目のアメリカ本土攻撃をしかけるこの作戦。少年は期待に心を躍らせていた。
「ついに、アメリカ人を地上から滅ぼす時が来たんだな……」
「ああ。人類の夢が叶おうとしてるんだ」
「おお、よい心がけだな。我々人類軍の使命は、アメリカ人を一人残さず地上から絶滅することである!」
戦時中の文脈では、アメリカ人と人類ははっきり区別されていた。人間未満の、言わば害獣のような扱いである。アメリカ人を絶滅し、人類を救う。それが国際連盟の掲げるイデオロギーであった。
「はっ、大佐殿!」
「うむ。元気でよろしい」
上陸作戦というのは大量の兵士を一気に投入する必要があるもので、この戦艦の乗り心地も住環境も、お世辞にもよいとは言えない。だが彼らは気にも留めなかった。自分たちが人類に希望を運ぶ戦士だと信じていたのだ。
○
A.D.2181 8/6 アメリカ連邦 サンフランシスコ
『全艦、撃ち方始め! アメリカ人を絶滅せよ!』
艦隊司令官の怒号が響き渡る。それは人類の怒りを体現しているようであった。
高層ビルがところ狭しと立ち並ぶ都市、サンフランシスコ。人類連合艦隊はその都市に全力で砲撃を開始した。
飛行戦艦や水上戦艦の52センチ砲を中心とする砲撃を受け、瞬く間に市街地は消滅した。残るは無残な瓦礫の山のみである。
「総員傾注! これより上陸作戦を開始する! 進め!」
いくらかの艦が次々とサンフランシスコ沿岸に接岸し、タラップを広げ、戦車と歩兵を中心とした上陸部隊を地上に運ぶ。
少年も、舷側の扉が開かれ、戦車が地上に乗り移るのと同時にアメリカの地に足を付けた。しかし――
「せ、戦車がやられた!!」「狙撃だ! 戦車に隠れろ!」
先頭を走っていた重戦車が一瞬にして大破炎上。次いで重機関銃による弾幕が展開され、戦車の陰に隠れなければ一瞬で細切れになるところだった。アメリカ軍はサンフランシスコが瓦礫の山になることを最初から見越して要塞化していたのだ。
少年はゆっくりと進む戦車を盾にしながら進む。手には射程6,000メートルのバトルライフル。全身に機動装甲服を纏ってやっと扱える代物だが、その威力は本物だ。
「どこだ……」
スコープを覗き込み、敵の姿を探す。無論、その間にも敵の弾幕は止むことはない。出来る限り聴覚を遮断し、視覚に意識を集中させる。
「見つけた!」
引き金を引く。21ミリの大口径弾が凄まじい勢いで連射されるが、機動装甲服によってその反動はほぼ完全に打ち消される。
狙いは決して正確なものではなかったが、連射しているいちに一発がアメリカ兵に命中。首から上を破裂させながら死んでいった。
「よしっ! 敵兵1、撃破!」
「よくやった!」
「はっ!」
しかし喜んでもいられない。前進する度に敵兵は増え、誤射を避ける為に艦砲射撃による援護もない。サンフランシスコは地獄と化していた。
「第三大隊、損耗率40パーセントを突破しました!」
「構わん! 進め! 戦っているのは我々だけではない! 世界中の同志が今も戦って死んでいるぞ!」
負傷者も死体もその場に放置。歩けるものはひたすらに進む。この先に希望があると信じていた。
「敵飛行艦隊が接近しています!」
「敵と距離を取るな! 乱戦に持ち込め!」
両軍が著しく接近する戦場では砲兵の出番はない。味方を誤射する可能性があるからである。これは砲兵の面子に関わることなので、実際の確率はどうでもいい。
「これだったら――」
「砲撃です!!」
「何だと!?」
大佐が叫んで、僅かに数秒後、巨大な砲弾が超音速で飛来し、辺り一面を吹き飛ばした。
「うっ……」
戦車の陰に上手く隠れられた少年は助かった。
「う、嘘だろ……」
しかし彼の所属する部隊、第三大隊は殆どが死に絶えた。それに加えて、今さっきまで銃撃戦を展開していたアメリカ人までもが吹き飛ばされている。
少年が助かったのは単に運がよかっただけだろう。
「どうすればいいんだ……」
指揮系統は完全に崩壊した。こうなったら、他の大隊に一時的に加わって戦うしかないだろう。
「戦車の中の人! 聞こえるか!?」
『ああ! 聞こえてる!』
「一旦戻ろう! そした――」
『――おい! どうした!? 返事しろ!!』
少年は頭部を撃ち抜かれ、戦死した。ほどなくしてこの戦車も原型を失った。
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