閑話 前世の記憶

前史

 それはシグルズが転生する前の世界――地球での出来事。


『死ね! 民主主義者ども!!』『人民の怒りを思い知れ!!』


 22世紀と言うのは民主主義が終わりを迎える時代であった。フランス革命よりおよそ300年の歳月を経て、人類はようやく目を覚まし始めた。民主主義などというものは、原始時代と何ら変わらない野蛮であるのだと。


 始まりはやはりヨーロッパだった。


 フランス、ドイツの帝政復古。イタリア、スペインにおける絶対王政の復活。その他にも各地で民主主義政権は民衆の手によって打倒され、およそ20年のうちにヨーロッパは君主制の時代を復活させた。


 この流れは世界中に拡散し、次々と君主化革命が起こり、民主主義は急速に勢いを失っていた。


 だが、出遅れた国家があった。


 民主主義の総主教であるアメリカ合衆国とその傀儡である。


 特に日本の状況は酷かった。


 議会廃止と天皇親政を訴える民衆に在日米軍は容赦なく銃を向け、自称民主主義者はその行いを絶賛した。民主主義なるものが実は民衆の意志を踏みにじるものであるのが明らかになった訳だが、米軍は断固として革命勢力の存在を認めず、彼らをテロリストとして虐殺した。


 だがある時、英雄が現れた。


 楠政成中将。日本解放戦線の主導者であった彼は、数百万の民衆を組織し東京へ進軍。米軍と君側の奸を根切りにし、新政府の樹立を宣言した。


 即ち、大日本帝国の復活である。


『いやしくも我ら臣民に革命などという観念はない。我らは陛下に仇なす者を粛清し、日本を本来あるべき形に戻したに過ぎない。我らは常に、陛下の大御心のままにある。天皇陛下、万歳! 帝国、万歳!』


 中将が演説で発したこの一節は、この事件の本質をよく表しているとされる。


 革命とは王家の血筋を挿げ替えることであるから、万世一系の天皇家がお治めになられるこの日本においては決して起こり得ないことである。あくまで自らを主権者などと名乗る下賤の輩を追放しただけのことなのだ。


 さて、22世紀は同時に、アメリカによる暗黒の支配の時代でもある。


 一時はアメリカをも打ち倒して人類の救世主になるとも思われた中国であったが、内戦によって疲弊し、とても超大国の候補とは呼べない状況になっていた。それ以外でも、ついにアメリカに単独で対抗し得る国家は現れていなかった。


 アメリカというのは戦争を極めて好む国家である。国益すら度外視して自らの楽しみのために戦争を起こす姿は、人類史でも極めて稀なものだ。


 21世紀までは中東やアフリカの紛争地域で戦争を起こすことで国民を安んじていた。無論、それらは本来ならば起こらなくてもよかった筈の戦争だ。


 この時点では国際社会からの批判は少なかった。少なくとも先進国にとっては、自国の不利益には繋がらなかったからである。


 だが、世紀をまたぐ頃、変化が起こる。世界中の不安定な地域に侵略戦争をしかけ続けたアメリカであったが、ついに殺し合いをする場所がなくなってしまったのだ。流石のアメリカとて、自らの傀儡には戦争をしかけられない。


 そんな時代に訪れた反民主主義の波。アメリカにとってこれは夢にすら見ない僥倖であった。


 何せ、反民主主義の革命が起こる度に、民主主義の防衛という大義名分を何の苦労もなく得られるのだ。もちろん、当該国の人民の意志を尊重する気など毛頭ない。


 かくしてアメリカは世界各地の先進国にまでも侵略戦争をしかけた。名目としては民主主義と君主主義者の内戦であったが、実質はその国との全面戦争である。日中戦争のようなものだと言えば、分かりやすいだろう。


 日本がこの中で王政復古を成し遂げたは、偉業と言っていい。


 当然、民主主義の圧政に屈せず勤皇の志を受け継いだ日本人と楠中将には、世界各国から称賛の声が送られた。


 そんな彼が人類解放戦線の総司令官に選ばれたのは、何ら不思議なことではない。


 人類解放戦線。


 それは、君主主義の防衛とアメリカの絶滅を目的とした全人類による連合である。思想的にも政治的にも、アメリカは世界の敵となっていた。


 だがアメリカが歩みを止めることはなかった。世界を敵に回そうとも意に介さないだけの武力が彼の国には確かにあったのだ。


『臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営発表。本21日未明、台湾海峡において、帝国陸海軍は、アメリカ軍と戦闘状態に入れり。帝国海軍は、アメリカ軍と戦闘状態に入れり。1時23分、飛行戦艦ユタ、飛行戦艦オクラホマは、これを撃沈せり。同時刻、米艦隊の残存艦艇は、我に降伏せり。臥薪嘗胆すること230年、ついに皇国の刃はアメリカを斬る。これを待望せし民草は皆、歓喜せり――』

『確かにアメリカは強大だ。だが、人類が皆で力を合わせれば、アメリカ人など物の数ではない。我々は国や人種を越えて分かり合うことが出来る。人類は皆兄弟なのだ。この世界の全ての国に要請する。どうか、我々に加わってはくれまいか。そして、共にアメリカ人を滅ぼそうではないか!』


 米中国境紛争から第三次世界大戦は始まった。最初は大日本帝国と中華民国だけだった。だが、戦線はすぐに全世界に拡大し、たちまちアメリカとその傀儡を除いたほぼ全ての国が参戦を表明した。


 だが戦争は膠着状態に陥る。圧倒的な武力を持つアメリカ連邦に対しては、人類の総力ですら決定打とはならなかったのだ。


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