塹壕戦Ⅱ
ACU2309 9/3 アルル王国 第二防衛線
「シグルズ様! 第6師団から救援要請が出ました!」
「ついに来たか……総員、出撃するぞ!」
ハーケンブルク城伯軍、総数およそ3,000。その半分、1,500は最新の機関短銃で武装し、残り半分は従来の小銃を携えている。
今回、ハーケンブルク城伯軍は塹壕に侵入した敵の撃退を任務としている。本当なら機関短銃を全師団に行き渡らせたい所なのだが、生産がとても間に合わず、戦況が危機的な師団をハーケンブルク城伯軍がその都度救援に向かうという作戦を取る。
ドイツ的に言えば機動防御というものに近いだろう。
前線の塹壕と後方の塹壕は通路のような塹壕――もっとも防御を目的としたものではないが――で繋がれている。休憩する部隊と前線に出る部隊との交代などに使われるものだ。
「く、来るな!!」「撃ち続けろ! 寄せ付けるな!」「こ、この――」「クソッ! 侵入されたぞ!」
第6師団は既に、半分が白兵戦を行っていた。戦闘では剣や斧などの近接武器を使って時間を稼ぐことになっているが、それも長くはもたないだろう。
「小銃部隊! 攻撃開始!」
第6師団の持ち場が見えてきた辺りで、ハーケンブルク城伯軍の半分は足を止め、小銃を構え、射撃を開始する。
敵の塹壕からこちらの塹壕に入るまでの間、ヴェステンラント兵はどうしても体を晒さねばならない。そこを狙い撃ち、増援の数を少しでも減らす工夫だ。
「残りは前進! 突っ込むぞ!」
「「おう!!」」
敵味方がもみくちゃになっている戦場の一角。そこにシグルズは突入した。魔法を使う気はなく、シグルズも機関短銃を片手に突撃する。
「ゲルマニアの増援か? 死にに来たのか?」
白い鎧を真っ赤に染めた騎士が、シグルズたちの前に立ち塞がった。既にゲルマニア軍の抵抗は粉砕されており、一帯がヴェステンラント軍の制御下となっていた。
「死ぬのはそっちだ。撃て!」
「そんなもの――な、何だと!?」
容赦なく数百の弾丸を叩きこむ。弾丸の密度だけで言えば、数丁の機関銃を並べて一斉に一人を狙っているようなもの。
「う、うああ!!」
「よし。効果は抜群だ」
騎士の死体に、シグルズは満足そうに笑った。
「第一部隊は僕と共に前進! 第二部隊は側面を固めよ!」
依然として更なる敵兵が塹壕の中に侵入して来ている。それを水際で止めるのが第二部隊。対して第一部隊は既に塹壕の中にいる敵を殲滅する。
ゲルマニア軍の塹壕は凸凹に作られており、遠くまで直線的な射線を確保することは出来ない。即ち、ヴェステンラント軍の魔導弩に先制攻撃を食らうことはない。
「て、敵!?」
「撃て!」
「うっ――」
逆に、死角から飛び出してくる兵士ヴェステンラント兵は対応出来ず、シグルズの存在に気付いた次の瞬間にはもう死んでいる。
ヴェステンラント軍は上官からの命令を伝える手段には優れているが、横の繋がりは弱いようで、こちらの奇襲にはただただ焦るばかり。何ら統率の取れた反撃はしてこなかった。
「シグルズ様、この後はどうするのですか? このままでは私たちがここに残らなければなりませんが……」
こうなっている元々の原因は、ヴェステンラント軍の塹壕がすぐそこまで伸びてきているからだ。ここで後続の部隊が持ち場についても、すぐにまた侵入されるだろう。
「予備の機関銃を持ってきてもらうしかないかな」
「了解しました。すぐに司令部に要請します」
「頼んだ」
機関銃を増やせば、敵の勢いを殺すことも出来るだろう。それまでは第6師団の残存兵力と協力し、ここで防衛だ。塹壕の外の敵に対しても、水際防衛となってはしまうが、機関短銃は非常に有効であった。
「機関銃がまもなく到着します」
「じゃあここら辺で僕たちは戻ろうか」
「第13師団より救援要請です!」
「遠いな……まあいい。急ぐぞ!」
シグルズ率いるハーケンブルク城伯軍は、足を泥水に突っ込みながら、塹壕線をひたすら走り回った。
○
ACU2309 9/4 アルル王国 ゲルマニア軍前線司令部
「閣下、前線からの要請に応じて機関銃を送ってきましたが、もう予備も尽きそうです……」
「ふむ。それはよくないな」
と言いつつ、ザイス=インクヴァルト司令官は煙草を吹かす。
「そ、その、どうされるおつもりで?」
「そろそろ第二防衛線を捨てる時だろう。全軍を第三防衛線に撤退させたまえ」
「第二防衛線はまだ健在ですし、第三防衛線は最終防衛線ですが……」
「一部が突破されれば全体が瓦解する。それに、最終防衛線以外の防衛線は突破される為にあるのだよ、君」
「……はっ。ただちに全軍に伝達します」
第二防衛線はまだ中間地点に過ぎない。ブルークゼーレ基地を守る防衛線は、まだ半分が残っているのだ。これを使わねば、資源と労力の無駄であろう。
○
「ここで撤退か……いい感じだったんだけどなあ」
ジークリンデはぼやく。事実、第18師団は未だに人的被害を殆ど出していなかった。
「一か所で耐えても意味はありませんよ。全体の戦況を鑑みるべきです」
「分かってるさ、ハインリヒ。ただの独り言だ」
「はい。では撤退を開始しましょうか」
「そうだな。前と比べれば随分と楽な撤退だ」
第18師団は悠々と撤退を開始した。余裕を持った行動というのはやはり素晴らしいものだ。
一部の師団を除き、今回はほぼ全ての兵士の安全な撤退が、実に優雅に完遂された。
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