黄の魔女ドロシアとラヴァル伯爵

 ACU2309 8/28 鵜瑠國(地球で言えばオーストラリア西部)


 荷車に積めるだけの荷物を積み、住処を捨ててひたすらに逃げる人々の列。その顔はいずれも憔悴しきっている。彼らの肌は皆、黒い。


「どこまで行けばいいんだい?」

「とにかく西に行くんだ。そうすれば、晴虎様が助けてくれる……」


 彼らに目的地はない。ひたすら西へ、大八洲皇國がある方を目指している。


 ヴェステンラント軍に故郷を襲われ、命からがら逃げ延びてきた彼らにとって、それが唯一の希望であった。もっとも、馬も彼らにとってこの大陸は余りにも広い。頼みの綱の政府は完全に麻痺していた。


「晴虎様っていうのは、本当に私たちを助けてくれるのかい……?」

「ああ。晴虎様は正義の味方だ」

「そうかい……」


 もっとも、大陸の西端に辿り着いたとしても、その先には親ヴェステンラントのモノモタパ王国がある。その時までに大八洲軍がモノモタパ王国を降していなければ、助けは来ないだろう。


 彼らも内心では助からない可能性の方が高いとは考えていた。だが、その可能性が僅かでもあるのならそう信じようと誓い、ここまで歩いてきた。


 だが、その夢は唐突に終わりを告げる。


「な、何の音!?」

「馬だ! 白人が来たぞ!」


 数百人のヴェステンラント軍の騎兵部隊。その全てが魔導装甲と魔導弩で完全武装している。


 ○


「あら? ちょうどいい獲物がいるじゃない」


 鵜瑠國の残党狩りの最中、黄の魔女ドロシアは先住民の一団に目を付けた。


「殿下、どうされるおつもりですか?」


 ドロシアの最側近、ギルバート・ヴィンセント・ファン・ラヴァル伯爵は暗い声で尋ねた。その結果は聞くまでもないものだったが。


「決まっているでしょ? 皆殺しよ。そうね……首一つで金貨10枚ってとこかしら」

「……承知しました。皆の者、構え!」


 兵士は皆、一斉に弩を構えた。


「や、止めてくれっ!!」「子供もいるんだ!!」

「逃げろっ!!!」


 群衆は二手に分かれた。


 すぐさま逃げ出すものと、その無意味なのを悟って何とか攻撃を止めさせようと叫ぶ者。皆、生きるのに必死なだけで、ヴェステンラント軍に危害を加えようとする者はなかった。


 だがラヴァル伯爵は、ここでドロシアに逆らったところで彼女が直々に手を下すだけだと知っていた。


「――撃て!」


 数百も矢が一斉に非武装の民衆を襲った。


 逃げ惑う者は次々と背中から矢を受け、叫ぶ者は腹を破られた。叫喚する声は痛いほどに聞こえたが、伯爵は無慈悲な虐殺を続けさせた。


「今回は何人殺せたかしら」

「大方……500人といったところです」

「そう。あんまりね」

「…………」


 目の前に広がる死体の山に、ドロシアは一切の興味を示さなかった。彼女にとってこの虐殺は、殺した人間の数を競う競技でしかなかった。いや、そもそも人間としてすら見ていないだろう。


「っ! あれは!」

「子供ねえ」


 先頭の方の馬車から一斉に子供が飛び出し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。そこでじっとしているのに耐え切れなくなったのだろう。


 それを見たドロシアは、格好の獲物を見つけた獣のように笑った。


「で、殿下、まさか……」

「ええ。殺しなさい」

「そ、それはあまりにも――」


 これまでは何とか耐えてきた。だがあんな小さな子供を殺すのには、ラヴァル伯爵は耐えられなかった。


「何? 私に逆らう気? なら私が報奨金を全部もらうわよ。まあ、その金は私が出してるんだけど」

「殿下、恐れながら――」

「いいわ。さあ、子供は首一つで金貨20枚よ! 殺しなさい!」

「「「おう!!」」」


 ラヴァル伯爵など所詮はドロシアの相談相手。彼女の決定に逆らう権限はない。


 矢が放たれる。


 僅かなうめき声と共に、まだ小さな体に大きな矢が何本も突き刺さる。瞬く間に生きている者はなくなった。何人かは串刺しになって死んでいた。


「やったぜ! 一気に金貨60枚だ!」「ちぇ。俺は一匹だけだ」


 すぐさま兵士が死体に群がり、首を刈り取り始める。後には大小の首のない死体だけが残された。


「何ということだ……」


 ラヴァル伯爵は嘔吐しそうになったのを何とか抑えた。


「これが人間のすることか……」


 だが、彼に逆らうという選択肢はなかった。


 ○


「さて、今日の狩りの結果は?」

「はっ。本日は全軍で8,234人の先住民を殺害、2万人ほどの奴隷を手に入れました!」

「全体としては上々ね。今日は運がなかったわ。ねえ、ギルバート?」

「……はい。今日はあまり先住民を見つけられませんでした」


 意気揚々と無抵抗の先住民を殺した成果を発表していく諸将。ラヴァル伯爵はその光景に眩暈を覚えた。


「ギルバート、どうしたの? 具合でも悪いのかしら」

「いえ。体調は万全です」


 ドロシアには何の悪気もないのだろう。ただ調子の悪そうな部下を心配しただけ。大公という身分でありながら臣下のことを気にかけられるというのは立派なことだ。


 だがそんな人間でも、相手の肌の色が違うというだけでまるで別人のようになる。そんな国に、合州国に、ラヴァル伯爵は嫌気がさしていた。


「そう。だったら、先住民を殺すのが嫌になった?」

「――い、いえ。そんなことはありませんが」

「隠したって分かるわよ」

「……申し訳ございません」

「ギルバート、有色人種っていうのは白人の奴隷になる為に存在するのよ。だから、適当に奴隷として売り払おうが、殺したい時に殺そうが、それは奴らの運命なの。私たちは白人として明白な天命に従っているだけよ」

「……はい」


 いかれている。狂っている。そうは言えなかった。


 そんな腐った天命を降す神は死んだ方がマシだ。伯爵は心の中でそう呟いた。

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