攻城戦

 ACU2309 8/25 ルシタニア王国 ヴェステンラント軍前線司令部


「殿下! 申し訳ございません!」


 スカーレット隊長は目に涙を浮かべながら。


「そうですね。戦死がおよそ2,000これは大変な損害です」

「はい。殿下、いかなる罰でも私は甘んじて受けます」

「いえ、そんなことをするつもりはありません」


 そのクロエの言葉は力強かった。彼女にはスカーレット隊長に何らかの処罰を下そうという考えは一切なかったのだ。しかし、罰を求めていたのはスカーレット隊長の方であった。


「そんな、このままのうのうと生きていては私の気が晴れません!」

「あのですね、今の私たちにそんなことをやっている暇はありません。死にたければ戦場で死んで来てください」

「…………」

「まあ、そういうことです。第一、怠慢以外で部下を罰するのは違法です。私に法を犯せと言うのですか?」

「そ、そのようなことは!」

「はい。では引き続き頑張ってください」

「承知しました……」


 不承不承といった感じでスカーレット隊長は決定を受け入れた。以外にも論理で武装しているクロエには取り付く島もなかった。


 ○


「という訳で、作戦会議です。どうやら素直に殴り合っていたらどうにもならなさそな訳ですが」

「殿下、一つ申し上げたいことが」


 スカーレット隊長は一歩前へ出る。


「いいですよ」

「はっ。私は前回の戦闘で、これが野戦ではないとの確証を得ました」

「野戦ではない?」


 その言葉に、クロエを含む大半の将軍が頭の上に疑問符を浮かべた。野で戦っているから野戦なのだ。それ以外で何があるというのか。


「はい。これは言わば、城攻めのようなものです。決戦では断じてありません」

「城攻め――ですか」


 これまでヴェステンラント軍はあくまで決戦の延長線上として塹壕戦を考えていた。会戦の時に自軍の陣地に障害物や大型兵器を設置するというのはよくあることであり、塹壕もその延長上にあるのだろうと。


 だがスカーレット隊長は違った。塹壕戦という、会戦でも攻城戦でもない戦いの存在を認知しつつあった。


「では、どうするべきだと思うのですか?」

「攻城戦をすればよいのです。つまり、こちらも塹壕を掘り、長い時間をかけて一歩一歩、確実に前進すべきです」


 色々なものを撃ってくる城に近寄る為の手段として、自陣から城壁の手前までひたすら塹壕を掘り続けるという方法がある。


 それでゲルマニアの塹壕に接近し、白兵戦を挑もうという作戦だ。


「しかし、ヨードル殿の騎馬突撃で敵の塹壕にまで辿り着けたではないか」


 ヨードル殿とはスカーレット隊長のことだが、わざわざ塹壕を掘って接近する必要はないのでないかと言う。


「いいえ。例え再び敵の塹壕を制圧出来たとしても、前回のように砲撃を浴びせられ、我が軍は壊滅するでしょう。確実に砲弾を無力化出来る塹壕を掘りながら接近する他ないのです」


 それに、第一防衛線から第二防衛線までの間も敵の砲兵が狙っていることだろう。これまでのような突撃は無謀だ。


「な、なるほど……」

「はい。分かって頂けましたか、殿下?」

「ええ、理解はしました。ですが、それにはかなりの時間がかかりますよね?」

「はい。通常の攻城戦同様、1か月はかかると見た方がよろしいかと」

「そうですか……兵糧が心配ですが――」


 そもそもこの攻勢は食糧不足を早期に解消する――即ち素早くゲルマニアを屈服させる為のものだ。それで時間がかかっては本末転倒と言える。


「それは――確かに。しかし私は、この方法以外でブルークゼーレ基地を落とすのは不可能だろうと判断します」

「なるほど……」

「クロエ様、1か月で低地地方を奪取出来るのであればそう問題はないと、私は判断します」


 と、感情のこもらない声で言ったのはマキナ。いつもスカーレット隊長と反目しあっている彼女がスカーレット隊長の側に回ったのである。


「そう、ですか?」

「はい。低地地方を奪えばゲルマニアの工業力は減少し、その後の攻勢は容易くなるでしょう。大きな港も確保出来ます。戦争自体の勝敗がこの戦いにかかっているものかと」

「なるほど」


 ここで1か月を費やそうとも。ここで勝てばゲルマニアはすぐに落ちる。マキナはそう判断した。これには多くの将軍が賛成した。


 クロエは両名からの具申を受け、この作戦を取ることに決定した。


「分かりました。では早速、攻城戦の準備を始めましょう。多少時間が必要でしょうが、出来るだけ急いで下さい」


 ヴェステンラント軍の主な敵は周辺の蛮族であった。故に本格的な攻城戦というものの経験は少ない。西方を担当する軍ならば多少の経験はあるだろうが、こちら側は皆無である。


「では、作戦開始です」


 ヴェステンラント軍は静かに動き始めた。


 ○


 ACU2309 8/25 神聖ゲルマニア帝国 アルル王国 ゲルマニア軍前線司令部


「砲撃が予想より有効である、か。正しいのか?」

「はい。そのようです」

「ふむ……」


 ゲルマニア軍の予想では、砲撃は魔導装甲に対して大した効果を持たないと思われていた。しかし実際の戦いでは多大な戦果を残した。この違いは何であろうか。


「原因は?」

「予想ですが、爆風の――何と言うか、圧力の変化が鎧を無力化したようだと……」

「そうか。まあ、砲撃が効果的だという結果だけがあればそれで十分だ。下がりたまえ」


 破片などは魔導装甲にほぼ完全に無力化される。だが爆風という目に見えないものを無力化する機能は魔導装甲にはないのだ。これは今回人体実験をして初めて判明したことである。


 どうやら砲撃も重要な兵器になり得るらしいと分かってきた。ザイス=インクヴァルト司令官はこれを作戦に組み込むべく動き出した。

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