殲滅作戦

「塹壕に突入! 制圧せよ!」


 スカーレット隊長率いる魔導騎兵の本隊が到着。塹壕の中に次々突入し、血みどろの白兵戦を繰り広げる。


 もっとも、それは対等な戦いではなく、死に物狂いで武器を持つゲルマニア兵の体を機械的に切断していくだけの仕事であった。


「よし。第一防衛線は落としたな」


 まだ兵らのおめき声がこだまする中、スカーレット隊長は塹壕の中に降りた。


「お、お前が……」

「ん? 生きているのか」


 塹壕の壁にもたれかかっていた兵士の口が開いた。


 兵士はそれ以上語らず、震える手で拳銃をスカーレット隊長の頭に向けた。


「やめておけ」

「っ……」


 隊長は剣を抜き、兵士の銃を真っ二つに斬り落とした。兵士はそれを見て、力なくうなだれた。まるでその一瞬で魂を使い果たしたようだった。


「おい、見たところそれなりの地位の者のようだが」

「…………」

「生きているし、意識もあるのだろう? 何か喋ったらどうだ?」

「何を、喋れって……?」


 声は今にも消え入りそうで、ほんの一突きすればすぐに死んでしまいそうだ。


「まだ戦っている者どもに降伏を促せ。我らは戦えぬ者を殺したりはしない」

「戦えぬ者、か……」

「さっさとしろ」

「悪いが……通信機は壊れちまった。俺にはどうすることも出来ない」

「そうか。ならそこで黙っていろ。傷兵は出来るだけ助ける」

「そうかい……」

「…………」


 戦闘音は収まりつつあった。白兵戦においてヴェステンラントの魔導兵に敵う者は大八洲の武士のみだ。


 作戦は順調。至って順調に進んでいる、筈だ。


「奴らは何を考えている……? ここを易々と明け渡すか……?」


 確かに一部の部隊は死兵となって決死の戦闘を継続している。だがそれは逃げ遅れた連中だ。ゲルマニア軍全体としてここを守ろうとする意志が感じられない。まるで防衛線が陥落することが前提であるようだ。


 戦場が静かになればなるほど、スカーレット隊長の胸騒ぎは大きくなっていった。


 ○


「第一防衛線の部隊は9割が撤退を完了しました」

「うむ。大変結構」


 ザイス=インクヴァルト司令官は煙草を吹かした。


「では、作戦は第二段階に移行する」


 と、冷え切った声で。そこには微塵の躊躇も感じられない。


「か、閣下。よろしいのですか?」

「ああ、構わん。さっさと始めたまえ」

「……」

「何を突っ立ている?」

「い、いえ……」


 ただの伝令だというのに、彼は一向に司令部を発とうとしなかった。本来ならばそれなりの罰を与えるところだが、への拒絶は他の将校にもあるらしく、ザイス=インクヴァルト司令官は説得という時間の無駄に時間を費やすことにした。


「シグルズ君、君はこの策に賛成だろう?」

「はい。帝国の勝利の為には、多少の命は切り捨てねばいけないでしょう」


 帝国の勝利というよりは世界の平和の為だが。


 ここでゲルマニアに負けられては、唯一の光明はかき消され、世界は無明の闇に包まれたままになるだろう。それは許容出来ない。


「し、しかし……」

「このままでは帝国の5,000万の民が苦しむことになるのですよ? それとたったの1万人程度の命。どちらの方が重いかは明白です」


 ゲルマニアには天皇のような崇敬の対象はないが、それでもこの大きさ比べでどちらを選ぶべきかは明白だ。ゲルマニア皇帝が天皇並みの位にあったのなら3,000万くらいまでは切り捨てられたのだろうが。


「……」

「それに、彼らの命は帝国に捧げられたもの。立派に役目を果たせるのであれば、何の問題がありましょうか?」


 少々芝居がかった感じになってしまった。が、臣民が国家の為にその全てを差し出すというのは万国共通の常識であろうと、シグルズは思う。


 その価値観がゲルマニアにまだ浸透していないのなら、それを為すのもシグルズの義務の一環だろう。異世界からの漂流者であるシグルズですら、生きる環境を提供してくれたゲルマニアには忠誠心を持っているのだ。


「そう、そういうことだ。諸君、帝国の為に尽くしたまえ」

「……はっ」


 ○


「っ! 何だ!?」


 塹壕のスカーレット隊長に耳に爆音が届いた。大地を揺らすような轟音。そして次の瞬間には何かが空気を殴りつける音が聞こえてくる。


 ――砲撃か!


「耐衝撃防御! クッ――」


 スカーレット隊長は咄嗟に姿写しのような鋼鉄の盾を召喚した。衝撃波が体を襲ったが、怪我はかすり傷で済んだ。


「さっきの奴は……」


 先程勇敢にも隊長に銃を向けた兵士。


「クソッ……」


 彼の体はバラバラになっていた。生きてはいまいし、青の魔女でもなければ魔法で蘇生するのも不可能だろう。


「損害は!? ――いや、聞いても無駄か」


 とても統制の取れる状況ではない。多数の魔導兵が体を砕かれ、高位の魔女も多くが重傷だ。無事に立っているのはほんの一握りである。


 次はどうするべきだろうか。


 すぐに次の砲撃が来るかもしれない。いや、その公算は非常に高い。なればすることは一つ。


「全軍撤退! 退くぞ!」

「隊長! 動けない兵士が多数います!」

「助け――いや、置いていけ! 歩けない者に用はない! これは命令だ!」

「っ。了解!」


 このままいればすぐに全滅だ。一刻でも早く逃げなければならない。


 塹壕を這い出て、全速力で陣地に戻る。すぐに次の砲撃が塹壕戦を襲った。命からがらといったところだ。しかし、次なる砲撃が騎馬隊を襲うことはなかった。


「味方ごと、だと? 武人の風上にも置けぬ奴らめ……!」


 スカーレット隊長は吐き捨てた。

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