騎馬突撃改

「第一梯団、突撃!」


 今回は先頭には立たず、スカーレット隊長は数名の貴族に命令を下した。第一梯団は、およそ600の騎馬隊である。


「総員散開せよ! 固まるな!」


 今度は全ての兵士に呼びかける。それこそがヴェステンラントが考案した作戦の1つであった。


 これまでは騎馬隊が固まっていたせいで一網打尽にされてきた。ならば部隊をバラバラに動かせばよいのである。


 非常に疎らな陣形を保ちつつ、騎兵は突撃していく。


「ブリューヘント伯、負傷されました!」

「いつも負傷しているな――ああいや、構うな! 前進せよ!」


 一人、また一人と、馬上から脱落していく兵士たち。しかしこれまでと比べれば遥かにマシなものだ。とは言え、兵士が減れば減るほどに人が死ぬ頻度は増していく。近代戦特有の現象である。


「損耗、3割を超えました!」


 一般に、戦列を維持出来なくなる損害だ。


「第二梯団を突撃させよ!」

「了解しました!」


 敵も味方も勢いが衰えてきたところで更なる増援600を投入。前線を無理やり押し上げていく。


「さて、ゲルマニア人ども、どこまで耐えられるかな……」


 スカーレット隊長には勝算があった。そしてそれは確信へと変わりつつあった。


 ○


「波状攻撃か。面倒なことを……」


 ヴェステンラント軍の数度に渡る攻撃はゲルマニア軍を確実に疲弊させていた。弾丸が早くも尽きそうだ。そのくせ、引き際というものを覚えたヴェステンラント軍の人的被害は殆どない。


 実に嫌らしい攻撃である。


「シグルズ様、敵が空堀に達します!」

「よし。かかってもらうぞ」


 空堀は騎馬兵に対する最高の防御だ。その勢いを完全に消滅させ、歩兵以下の存在とする。その筈だった。


「よし。かかるぞ……」


 敵が空堀に足を突っ込もうとした瞬間――


「飛んだ!?」


 馬が勢いよく飛び上がり、空堀を軽々と乗り越えたのだ。これにはシグルズも動揺を隠せない。


「空堀を越えた奴を最優先で撃て!!」


 その馬に一斉に火力が浴びせられ、その兵士は倒すことが出来た。


「シグルズ様、あっちも!」

「クソッ! 撃て!」


 周辺への火力が落ちた隙にまた一人、空堀を突破した。それも討ち果たす。


 シグルズはここに来て焦り始めていた。本来ならば存在する筈の第二の保険――鉄条網はもうない。空堀を越えられた時点で、敵味方を分かつものは何もないのだ。


「突破された!」「撃て!!」「馬鹿野郎! こっちからも来るぞ!」「機関銃は!?」「装填する! ちょっと待て!」「早くしろ!」


 押され始めている。シグルズはそれをはっきり感じていた。


「シグルズ様! 更なる魔導反応です! 数は1,500!」

「ここで本隊のお出ましか……」


 本隊を除いた戦力だけでも防衛線は決壊寸前だ。ここで本隊などが来れば、このぎりぎりの均衡は完全にヴェステンラントに傾くだろう。


「撤退だ。この線はもうじき落ちる」

「そ、そんな……」

「ヴェロニカ、全軍に伝えてくれ」

「りょ、了解しました」


 だが、その判断は遅過ぎた。


『敵が入って来た! どうすれば――く、来るなっ!!』

『敵と白兵戦の最中だ! 撤退なんぞしようがない!』


 もう既にあちらこちらで白兵戦が始まっていた。いや、それは戦いと呼べるようなものではなく、ヴェステンラント軍の魔導兵による一方的な虐殺だった。塹壕のような狭い空間では、機関銃も小銃も役には立たない。


 その時、通信機から初老の男の声が聞こえてきた。


『西部方面軍総司令官ザイス=インクヴァルトより、全軍に通達する。第一防衛線にあって動ける部隊は、直ちに第二防衛線に撤退せよ。他の部隊への救援は無用だ』

「なっ、なんていう命令を……」


 逃げ遅れた者は置いていけという非情な命令。だが誰にも逆らうことは出来なかった。シグルズのハーケンブルク城伯軍も最早間に合わない。


「魔法に頼るか……」

「ぜ、是非ともお願いします」

「よし。仕方ない。ヴェロニカは先に行ってて」


 シグルズは小銃を投げ捨てた。そしてヴェステンラントの魔導騎兵へ猛然と突撃していった。


 ――範囲魔法が使えないじゃないか。


 敵味方入り乱れるこの状況。面を制圧するような魔法は使えない。ならば、地道に戦うしかない。


「剣だ」


 剣を一本召喚。魔導装甲をも簡単に斬り裂ける魔法の剣である。


「早く逃げるんだ!」

「は、はい!」「ありがとう!」


 虱潰しにヴェステンラント兵を斬り殺していく。だがそれでは余りにも遅かった。


――このままじゃ間に合わない……


 敵の主力は刻々と迫っている。


 ○


「撤退ねえ。ハインリヒ、どう思う?」

「どう、と言われましても、命令に従って撤退する他にないでしょう」


 オステルマン師団長の第18師団もこの戦いに参加している。状況はかなりよい方で、撤退は簡単に出来そうである。


「だったら、お前が師団の撤退を指揮してくれ」

「閣下はどうするおつもりですか?」

「私はちょっと暴れてくる。まあ、私ではないんだが……」

「――了解しました。ご武運を」


 オステルマン師団長は黒い羽を羽ばたかせて飛び上がった。


「あ? 敵がいないじゃねえか」


 師団長ももう一つの人格――自称シュルヴィは、いつもなら空を飛び回っているヴェステンラントの魔女の姿がないことに気付く。


「一体何をしろって……ああ、あれか」


 地上を見下ろすと塹壕の中で両軍の兵士がひしめき合っていた。中には塹壕堀に使ったスコップで応戦しているものもいる。打撃は意外と有効なようだ。


「それに、あれか……」


 遠くの方を見ると騎兵の大軍が整然と向かってきている。加えて多数のコホルス級。それを撃つ友軍はもういない。


「まあ、取り敢えず味方でも助けておこうか」


 回転式小銃を下に向ける。


「距離16っと」


 まずは一発。敵兵の頭を吹き飛ばした。地上のゲルマニア兵はすぐさま逃げ出していった。


「で、次も……ああ、そうじゃねえか」


 シュルヴィは面白いことに気付いてしまった。敵が地上にいるならば、同じ高度を飛び続けるだけで同じ距離を保てる。毎回爆発距離を調整する必要はない。


「は、ははは。最高だなあ!」


 空から銃弾の雨を浴びせ、次々と敵の騎兵を殺していく。


「おっと、あれは味方だった」


 たまに味方の腕をもいでしまったりもした。だがシュルヴィは気にせずに引き金を引き続けた。しかしそれもそろそろ引き際のようだ。


「っと、危ねえな」


 後続の本隊からの攻撃。ここまでの集団に一斉に狙われると、いかにシュルヴィでも対応のしようがなかった。


「ここらで退くか。もっとやりたかったが……」


 シュルヴィは残念そうに飛び去った。依然として塹壕の中には多くの兵士が取り残されていた。

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