下ごしらえ

 ACU2309 8/24 アルル王国 第一防衛線


「ヴェステンラント軍の魔導反応、およそ1,000を確認しました!」

「やはりか……」


 シグルズの読み――と言うべきかは分からないが――は的中した。ヴェステンラント軍はやはり、低地地方を主たる目的としているのだ。


 因みに、今のシグルズは前線の部隊の顧問のようなもので、ヴェロニカ以外のハーケンブルク城伯軍の面々は連れてきていない。彼らは予備戦力として待機させている。


「これは……速度からしてコホルス級魔導士ですね」

「なるほど?」


 コホルス級魔導士が脆弱な存在であるのはルテティアの戦いで十分に身に染みている筈だ。それが過ちを繰り返すというのだろうか。シグルズはいまいち腑に落ちなかった。


「あれは……高度が低いですね……」

「何がしたいんだ?」


 大空を羽ばたけるコホルス級だというのに、双眼鏡を覗いて見えた彼女らは地上数パッススにところ――平常と比べれば地面すれすれを飛んでいた。


「いや、そうか……これは厄介かもしれないな」

「どうしてです?」

「低過ぎて対空機関砲で狙えない」

「あ、確かにそうですね」


 対空機関砲の俯角はかなり上向きに固定されている。ここまで地上すれすれの敵を狙うには。真上にまで飛んできてもらわないと無理だ。


 しかし、そうであるならば別の、いやいつもの兵器を使うまで。


「全軍に通達。機関銃に俯角を付けておくように」

「了解しました!」


 機関銃は対空機関砲のように空を狙うことは出来ないが、多少の上下には対応出来る。騎兵や歩兵と同様にハチの巣にしてくれるまでである。


「距離500パッスス!」

「今だ! 撃て!」


 機関銃による十字砲火とそれを補う小銃の狙撃。


 けたたましい銃声であらゆる音はかき消され、硝煙が立ち込める。銃の精度がまだあまり高くないから地球よりも環境が悪いのだ。


 機関銃が弾倉の弾を撃ち尽くした。銃声は少しばかりマシになる。


 しかし、コホルス級の魔女たちは健在であった。


「何だと?」

「あ、あれは、シグルズ様!」

「クロエじゃないか……」


 まさかこの範囲の銃弾を止めることが出来るとは。やはりレギオー級の力は計り知れない。シグルズは感心していたが、すぐに我に返る。


「撃ち続けろ! 敵を疲弊させるんだ!」


 これほど広域の魔法、使えば息も切れるだろう。すぐに弾は通るようになる。塹壕を突破させたりはしない。


 と、思っていたところ――


「え、止まった?」

「は、はい。そうですね」


 魔女たちは一斉に停止した。そして一斉に魔法の杖を構え、それを当然シグルズたちの方に向けてきた。


「何か、ヤバい気がする」

「同感です」

「総員伏せろ!」


 一斉に塹壕の中に身をひそめる。手だけを外に出して、、あてずっぽうの牽制射撃を続けながら。


「魔導反応多数!」

「何が来る……?」


 ここまでしてまさかこれまでと同じ火球ではあるまい。何が来ても動揺しないよう、シグルズは心の準備を整えた。


 ――ま、まだか。


 しかし、いつまで経ってもその時はこなかった。変な体勢で銃を構え続けるのにも疲れてきた。


「あ、あれ? シグルズ様、敵が撤退していきます」

「ん? どういうことだ?」


 シグルズは躊躇わずに頭を出した。そして目に入ったのは意外な光景であった。


「鉄条網が、溶けてる……」

「ですね……」


 鉄条網の鉄の部分は融解し、支えの木片も真っ黒こげになっていた。それ以外にも、地盤が崩れていたり何かの植物が絡まっていたりと、何とも簡単に鉄条網は無力化されてしまった。


 しかし狙いが分からない。目の前にある分かりやすい障害物がなくなったことで兵士の不安が大きくなるが、それがそこまで大きな影響を及ぼすとも思えない。


 わざわざレギオー級の魔女を危険に晒してまで実行したこの行動の意味は何なのだろうか。


 ○


 ACU2309 ルシタニア王国 国境付近 ヴェステンラント軍臨時司令部


「はあ……もう二度と、あんなことはしたくありませんね」


 クロエはため息を吐いた。彼女は地齋のところ、かなりびくびくしながら塹壕への突撃を行っていた。


「申し訳ありません! しかしながら、我が軍には必要なことだったのです!」


 スカーレット隊長は全力で頭を下げる。これを提案したのは彼女であった。コホルス級魔導士のみでは大変な損害が出るからクロエの魔法に頼らせてもらおうと。


「ええ、分かっていますよ。正面から突撃以外のやり方を覚えたのは成長です」

「はっ」


 若干馬鹿にされている気もしたが、気にしないことにした。


「では、我が騎馬隊に突撃をお命じ下さい」

「はい、いいですよ。まあ、あなたのとは言い難い気もしますが」

「――確かに、今のは失言でした」


 彼女の騎馬隊は彼女の軍隊ではない。あくまで諸々の貴族の軍隊を取り纏めているに過ぎないのだ。しかもその権限すらクロエから一時的に委譲されたものに過ぎない。


「では、我らの突撃をお許し下さい」

「はい。お願いします」

「はっ! 必ずやゲルマニア軍を撃ち滅ぼして参ります」

「まだ一地方を落とすに過ぎませんが」


 と、唐突に口を挟んできたのはマキナだ。


「き、貴様……」

「まずは基地一つで力を証明してはいかがですか?」

「あ、当たり前だ、そんなこと。私をなめるな」

「では期待しています」

「貴様などに期待されても嬉しくないわ」

「……」

「……」


 何故かいつもより不機嫌そうなマキナを置いておいて、スカーレット隊長は早速騎馬突撃を開始した。




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