大攻勢

 ACU2309 8/21 ルシタニア王国 ドゥロコルトルム ヴェステンラント軍前線司令部


 時は数日遡る。


「――なるほど。大八洲の大勝利という訳ですか」

「そのようです」


 真珠湾攻撃と明西嶋の戦いについて、マキナは通信で入って来た損害報告を淡々と告げた。


「歩兵については十分に回復可能。しかし船舶についてはかなり不足しているとのことです」

「それで、こちらへの輸送船を減らすと?」

「恐らくはそうなるでしょう」


 その後暫くして、マキナの推測通りの通信が届いた。エウロパ遠征軍への補給戦を西方に転用するとのことだった。


 つまり、武器弾薬も食糧も、今後は補給が減るということである。これは由々しき事態だ。エスペラニウムと魔導弩についてはそうでもないが、特に食糧の方が。


「今でさえ足りていないのに、これ以上減らされたらどうにもなりませんね……」

「はい。捕虜への配給も、予想より2月は早く途絶えるでしょう」

「どうしましょうか…………」


 このままではおよそ3ヶ月で食糧が尽きる。こればかりはどうしようもなく、クロエは困り果てていた。


「ここは、3ヶ月以内に戦争を終わらせるしかありません!」


 スカーレット隊長は意気揚々と。


「出来るんですか、そんなこと?」

「今すぐ攻勢を再開すべきです。そうすれば辛うじて間に合う、筈です」

「ふむ……」


 3ヶ月でゲルマニアを落としきれるかは微妙だが、このまま緩慢な終わりを待っているよりはマシである。クロエはそう判断した。


「分かりました。ものは試しです。攻勢をしかけましょう」

「一番槍はこの私にお任せ下さい」

「はい。まあそれはいいんですけど――」


 問題は、攻勢とは言ってもどこを攻めるか。ゲルマニアの国境は塹壕で完全に塞がれており、兵力を分散しての攻勢は無駄な死人を出すだけだろう。


 であるが故に、どこを攻めるかは絞った方がよい。その地点に兵力を集中させるのだ。


「攻めるとしたらどこにしましょうか」

「でしたら、ここがよろしいかと」


 スカーレット隊長は地図上でゲルマニアの北西の端、広大な沼地が広がる辺りを指し示した。


「低地地方、ですか」

「はい。ここを落とせばゲルマニアへ甚大な打撃を与えられるでしょう」


 低地地方。地球で言えばベネルクス三国がある辺りだ。


 ここは古くから商業が盛んな地域であり、ゲルマニアが急速に工業化を進めるこの時代であってもブルグンテン都市圏に次ぐ経済の中心として地位を保っている。


 また、ゲルマニア軍東部方面軍の拠点であるブルークゼーレ基地もここにある。


 軍事、経済、両方の面で、低地地方は重要な地域なのである。


「確かに、ここを落とせば効果は高いでしょう。ですが、それだけにゲルマニア軍も厳重な防衛線を張っているのも分かっていますよね?」

「はい。承知しております。しかしながら、我が軍もまた、塹壕に対する備えをしております。一気呵成に攻め込み、低地地方を我が手に収めるのです」


 ロウソデュノン要塞の戦いについては様々な分析が為されている。ヴェステンラント軍はそれを元に塹壕突破戦術を考えていた。


「ブルークゼーレ基地正面だけでも、敵の兵力はおよそ20万。それに対して我が軍は最大でも4万です。勝てると思いますか?」

「たったの5倍です。何ということもありません。ヴェステンラントの武人ならば、必ずや勝利をつかみ取りましょう」


 ノルマンディア会戦では15倍の敵に圧勝したのだ。何を怯えることがあろうかとスカーレット隊長は訴える。


「分かりました。では、低地地方への攻勢を中心とした大攻勢を開始します。日付は――3日後としましょうか」

「諸将に作戦を通達しておきます」

「お願いします、マキナ」


 攻勢を行う際の一般的な作戦については既に纏まっている。後はこれを低地地方を主眼としたものに調整するだけだ。そこら辺はマキナの仕事である。


「私には騎馬隊の指揮をお任せ下さい」

「ええ。引き続き、お願いします」

「はっ」


 スカーレット隊長はいつも通りそれでいいだろう。


「南方別動隊の総司令官は、フィロシア候に任せます」

「はっ。お任せ下さい」

「後は各々、マキナが伝える配置に従ってください」


 ヴェステンラントは未だに封建制が普通に残っている。近代的な階級制度はなく、各貴族が自分の兵士を連れてくるというのを外征でも基本としていた。


 ○


 ACU2309 8/22 神聖ゲルマニア帝国 アルル王国 ブルークゼーレ基地


「ねえねえシグルズ、こんなものを作ってみたよ」

「え、は、はい」


 世界で一番魔女をやってる女性、ライラ所長はシグルズに一丁の銃を差し出した。


「これは……」


 歩兵用の小銃くらいの大きさであるが、手元の機関部がやけに大きい。


 ――まさか、これは、機関短銃?


 機関短銃。


 歩兵が簡単に持ち運べる大きさでありながら、機関銃のような全自動射撃能力を備えた銃のことである。弾丸には小さな拳銃弾を使うことで反動を軽減している。


「これって、連射出来る感じのやつですか?」

「うん。そうだよ」

「撃ってみていいですか?」

「うん。どうぞー」


 ちょっと離れて基地内の射撃場へ。


 その銃の引き金を引くと、思っていた通り、弾が連射された。


「弾は拳銃弾を使っているんですか?」

「そうだよー。普通の小銃弾だとまともに扱えないからね」

「流石です……」


 ライラ所長はそこまでは分かっていた。機関銃の小型化を志向すれば、それは自然と行き着くところなのだろうか。


 しかしながら、この種の兵器の完成形を知っているシグルズには、指摘すべき問題が見えていた。


「拳銃弾ということは、遠距離では殆ど効果がないですよね?」

「まあ、そうなるね。近距離で使うのが基本になるのかな? 私はそういうのはあんま分かんないんだけど」

「はい。そうなるでしょう。ですので、銃身を切り詰めて短くする方がいいかと」


 機関短銃の用途は塹壕の中での接近戦が主だ。そこで長い銃身は邪魔になる。切り詰めると射程は更に短くなるが、接近戦でそれは問題にならない。


「なるほどね……確かにその方がいいかもしれない」

「どうも」

「じゃあ、ええと、今のところ千丁くらい用意したんだけど、使ってみてくれる?」

「え?」


 ――聞いてないんだが?


「こういう時の為のハーケンブルク城伯軍でしょ?」

「確かに……」


 シグルズの部隊の目的は新兵器の実験だ。確かに、ライラ所長の言い分はもっともであった。


「了解しました。使える時があれば積極的に使ってみます」

「よろしく」


 しかし、機関短銃を使う時というのは塹壕が突破されそうになる時であるのだから、その時が来ないことをシグルズは祈った。


 ――まあ神様はロクな奴じゃないんだけど。


「それと、頼まれていたもの2,000門。持ってきたよ」

「ありがとうございます」


 こちらの見た目は銃と比べれば短い筒だ。一体何なのかというと、それは戦場でのお楽しみである。

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