明西嶋攻略戦

 ACU2309 8/19 大越國 明西嶋


 東洋半嶋の南端にある小島、明西嶋。


 この島の本来の主は大越國である。しかしながら、ヴェステンラントが大越國に侵略戦争をしかけ、この地は合州国の軍事的拠点として利用されてきた。


 だがそれも今日で終わる。ついに正義の戦いが始まったのだ。


「懸れ乱れ龍の旗を掲げよ!」


 明西嶋の対岸に、大八洲のおよそ十万の軍勢が集結している。その中心で一つの旗が掲げられた。


 それが全ての始まりを告げる。


「者どもかかれ! 白人どもを根絶やしにせよ!」


 晴虎の前でそう叫ぶ、死に装束のような白い恰好をした少女。天津巫女の長尾右大將あかつきである。彼女の役目は晴虎の親衛隊のような存在である麒麟隊を率いることだ。


 因みに、必要が生じない限り、晴虎は曉には口を出さない。麒麟隊の全てを彼女に任せていた。


 彼女の号令と共に、麒麟隊は全速力で進みだした。


「なだれ込め! 一人たりとも生かして帰すな!」


 彼女が自ら先頭に立ち、およそ一万四千の兵を具して明西嶋への突撃を敢行する。


 ヴェステンラント側の抵抗は一切なく、麒麟隊は易々と明西嶋への侵入を果たした。


「白人は殺し尽くしなさい! 奴らに生きる値打ちなどない!」

「「おう!!」」


 ヴェステンラントの基地とは言っても、まだ大勢の現地人が残っている。彼らには一切手を下さない。


「白人が! 死ね!」「や、やめ――」「畜生どもが!」「助けて!! 来な――」


 反対に、白人であれば非武装の人間であろうと容赦なく殺す。それが曉のやり方だ。


「人を殺したものは、殺されなくてはならないのよ……」

「ぐああっ!」


 馬上から刀を振り下ろし、逃げ惑う白人の体を真っ二つに斬り裂いた。


 悪事を為したものには相応の裁きが下されなければならない。東亞の無辜の民を苦しめたヴェステンラント人は、本来ならば奴隷として一生の苦しみを与えねばならないが、せめてもの慈悲でこの場で殺している。


 それに、そもそも東亞は白人の土地ではない。彼らがこの地に存在していい理由はない。なれば、彼らを殺すことは罪にはならない。


 ○


 潮仙の虎とあだ名される武田樂浪守信晴は、総勢二万五千の朱の軍勢を率いている。足輕から大名まで全ての武士の甲冑を赤く染めた彼の軍勢は、それを見ただけで逃げ出す敵もいるほどの威容を誇っていた。


「勇猛なる赤備えよ、進め!」


 信晴が叫ぶと、赤備えは突撃を開始した。その騎馬軍団の有名もまた、天下に轟いている。


 武田は明西嶋を西から攻める部隊の主力を為す。


 こちらも散発的な抵抗以外のものはなく、明西嶋への侵入を果たした。


「船を焼き払え!」


 信晴はヴェステンラント人に興味を持たなかった。彼にとっての正義は皇御孫命を佑けることであって、東亞の民への関心は薄かった。


 曉が島内のヴェステンラント人を殺して回っている間、信晴は敵の艦隊戦力へ打撃を与えることに勤めていた。


 ○


 他方、唯一抵抗を受けた部隊が合った。東から島を攻める、北條常陸守晴氏率いる部隊である。


「敵の兵営か? 面倒なもんに当たっちまったな」


 ヴェステンラントの兵営が東側にあり、二万と少しの軍勢が詰めるそこに晴氏はぶつかってしまった。数はこちらが若干上回っている程度。


 どうやらこちらと戦う気らしい。


 正直言って、ここで睨み合いをしておいて信晴と曉に仕事を任せるというのは十分にあり得る選択肢だ。


 しかし晴氏はそれをよしとしなかった。


「殿、どうされますか?」

「決まってるだろう? 奴らを蹴散らすのみ! 皆、続け!」


 彼の軍団は武田とは違い、全ての兵士の甲冑を黄色に染めている。北條の黄備えとでも言おうか。だが、彼の軍団の強みは他にある。


「勝った勝った!!」

「「おう!!」」


 曉のような鬼道の才がない――個人としては足輕程度の戦闘能力しか持たないにも関わらず、晴氏は部隊の戦闘に立ち、こう叫びながらヴェステンラントの本隊に向かって突撃していった。


 その気迫に味方は勢いづき、敵は恐れ慄く。急ごしらえの防衛軍など晴氏の敵ではなかった。


 ○


「早く船を出せ! 逃げろ!」

「だ、だが、残っている人も大勢いるんだぞ!」

「仕方ないだろ! 船だけでも残さないと!」


 地上の部隊が交戦し足止めをしている間、港の船乗りたちは決断を迫られていた。まだ島に残る大勢の味方を置き去りにするのか、或いはここで限界まで待つか。


 しかし、その限界がいつであるのかは分からない。気が付いたら手遅れになっているかもしれない。


 兵士はすぐに代わりを用意出来る。だが船はそうではない。


 兵士は人間だ。だが船は死んだ木々の塊に過ぎない。


「クソッたれな状況を押し付けやがって……」


 この場における最高司令官となるであろう男、ベルンハルト・ファン・ハイリク伯爵は、拳を握りしめながら。


「ど、どうされますか?」

「国の為、だ……島に残った奴は見捨てて逃げる! 分かったか!」

「「了解!」」


 燃え上がる港内、人々の叫び声が響き渡る中、ヴェステンラントの船団は撤退を開始した。この時点で島内のヴェステンラント人から逃げるという選択肢は失われた。


「いいか! 何としてでもこの船団を殿下にお届けするんだ! 一隻たりとも――」

「伯爵様! 敵襲です! 大八洲の艦隊が迫っています!」

「逃げろ! 戦うな! 全速力で航行しろ!」


 大八洲の安宅船から砲弾や矢が嵐のように飛来する。だがハイリク伯爵はひたすらに進み続けた。例え後続の船が沈もうとも。


「や、やっと敵が退いていきます……」

「逃げ切った、か……」


 その後、明西嶋残存艦隊は取り敢えずの安全地帯である大南大陸にまで敗走した。


 明西嶋の守備隊およそ二万は、その殆どが殺されるか捕虜となった。


 大八洲皇國とヴェステンラント合州国の戦争。同時に行われたその初戦は、ヴェステンラントの完敗に終わった。

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