出陣
ACU2309 8/12 大八洲皇國 山城國 葛埜京
「武田樂浪守信晴、兵二万を率い参上」
「伊達陸奧守晴政、兵一万五千を率い参上した」
「今川辨辰守昭元、兵三千を率い参上をしましたぞ」
などと、大八洲皇國のかつての首都――葛埜京には、総勢十万の軍勢が集結していた。
「天子様より勅命が下った。我らはこれより、ヴェステンラントを征伐しに参る。全ては天下泰平が為。義は我らにあり!」
諸将の前で晴虎は語る。
晴虎は正義を求める男。義のない戦は決してしないが、義の為の戦ならばどんな劣勢であっても受けて立つ。そういう男であった。
「当面の目標は、ヴェステンラントに膝をつくマジャパイト王国の征伐。そして我らの助けを求めている黑尊國、鵜瑠國を開放することである」
地球で言えばインドネシアの西部を支配するマジャパイト王国は、ヴェステンラントにいち早く臣従を近い、周辺国へ暴虐の限りを尽くしている。
黑尊國はメラネシアを支配する国家。鵜瑠國はオーストラリア大陸――この世界では大南大陸の西部を支配する国家である。いずれもヴェステンラントの圧力に晒され、辛うじて存続しているといった状態だ。
「然るに、まず最初の目標は、明西嶋のヴェステンラント軍基地を叩き、マジャパイト王国を我が軍門に降らせることである」
明西嶋とは地球で言えばシンガポールのことである。この世界でもヴェステンラントはここに強固な軍事基地を築き、周辺への棍棒外交の拠点としている。
まずはここを陥落させ、諸国民を安んじなければならない。
「また同時に、我らが目指すはサワイキ群島である。この島のヴェステンラント船団を撃滅し、自今の戦況を優位に進められるようにする」
サワイキ群島とはハワイのことである。この世界でもあの島々は植民地支配を受ける運命にあった。
「明西嶋の攻略は、我が指揮する。先に通達した大名は、我と共にこれより南に向かう」
武田樂浪守、今川辨辰守、北條常陸守、大友呂宋太守、嶋津薩摩守などがこちらに続く。
「対して、サワイキ群島の攻略は、我が家臣、月津巫女の長尾左大將朔に任せる」
「はい。わたくしにお任せ下さい」
「この者の命は我が命と思い、従え」
こちらは伊達陸奧守、長曾我部土佐守などが従う。作戦の性質上、兵の数自体はさして必要とされないからだ。
「では、これより出陣する。毘沙門天の御加護があらんことを」
皇軍はかくして出陣した。
○
ACU2309 8/19 平安洋上 大八洲艦隊
平安洋をサワイキ群島に向けて航海するおよそ80の軍船。ある軍船の中で、言い争う声が響いていた。
「――しかし、左大將殿、あのように体のいいことを言ってはいたもの、所詮はヴェステンラントと大して変わらぬと思わぬか?」
伊達陸奥守晴政は晴虎を嘲るように。朔は無論、そのような言葉を赦しはしない。
「晴虎様はそのようなお方ではございませぬ。貴殿のような悪い噂の絶えぬ方と同列に語られては困ります」
「おやおやこれは、手厳しいことだ。しかし、一度晴虎様への情を抜きにして考えてみてはどうだ?」
「情を抜きにして、とは?」
「言葉通りの意味だ。左大將軍殿はいささか、晴虎様について語るとき、冷静ではないように思えるのでな」
「そ、そのようなことは……」
しかし言い返すことは出来なかった。今さっきの反論も、晴虎への悪口を言われたから反射的に言い返したに過ぎない。冷静でないと言われれば、確かにそうなのかもしれない。
「まあよい。俺が言いたいことは一つ。晴虎様もまた、合州国と同じく、虎視眈々と領地を狙う俗世の君に過ぎぬのではないかとな」
「ですから、そのようなことは――っ」
こういうことかとハッとした。
「ははっ。全く左大將殿は分かりやすいお人だ」
「――これは、わたくしの落ち度です。申し訳ございません。しかしながら、晴虎様は決してヴェステンラント人のような野蛮な方ではございません。義を重んじ、義の為に生きるお方。今度の戦も、東亞の諸国民を合州国から開放する為の義の戦に他なりません」
「ほう? しかし、では何故に、合州国が東亞への侵略を始めた時、晴虎様は動かなかった? 動くべき時はもっと前にもあった筈だ」
確かに、数年前にヴェステンラントが東亞への侵略を活発化させた時、晴虎は動かなかった。半ば黙認とも言っていい態度を取っていた。
そのせいで東亞の各地にヴェステンラントの拠点が出来てしまっているのもまた事実。
「それは――期を伺っていたからでございます。戦にはしかけるべき時があります」
「なれば、晴虎様も普通の君主だ。己が勝利の為に、多くの民を見殺しにしたのだからな」
「見殺しなど……」
悔しいが、これも否定出来なかった。晴虎が静観している中、大八洲の民ではないとは言え、東亞の幾百万の民が合州国の非道な支配に苦しめられてきた。
「まあ、俺は何も晴虎様が暗君であるなどと言いたい訳ではない。寧ろ、晴虎様が大八洲の総大将であってよかったと思っている」
「……伊達殿は何が言いたいのですか?」
「口先では何と言おうとその本心は富国強兵にある。それでよいのだ。そのようなことは極ありふれたことだ。それが普通であって、何もおかしいことではない。寧ろ、晴虎様が義の為に無謀な戦をしかけるような方であったら、俺は晴虎様を闇討ちにでもしていたかもな」
「…………」
出兵に文句でも言いに来たかと思えば政治の説教をされ、朔は晴政が結局何をしに来たのか分からないでいた。
「ちょっと! あんたまた余計な事してるでしょ!」
「おっと、面倒なのが来た」
どしどしとわざとらしく足音を立てながら近づいてくる、伊達家共通の黒い甲冑を身に着けた少女。伊達家の母衣衆大將の桐である。
「これはこれは左大將様。うちの大名がご迷惑をおかけしているようで、申し訳ありません。ほら、とっとと戻るわよ」
「い、いえ、決してそのようなことはございませんが……」
政治とはどのようなものか考えさせられて、寧ろ感謝すらしていたのだが。
「いえいえ、この馬鹿は口を開けばロクなことを言いませんから」
「大名を何だと思っているのだ、桐は?」
「――いいから行くわよ」
「やれやれ」
「…………」
晴政は桐に連れていかれてしまった。
「左大將様、よろしいですか?」
ちょうどその時、伝令が訪れた。
「え? は、はい。大丈夫です」
「目標の真珠湾まで三十里に迫りました」
「分かりました。全軍に戦闘配置につくよう伝えて下さい」
「はっ」
まもなく目標の真珠湾である。気を引き締めてかからねば。
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