リリー・ハーケンブルク

「ところでシグルズ、君はハーケンブルク城伯という爵位を持っているな」


 総統は唐突に。


「はい。そうですが」

「つまり、君はハーケンブルク城及びその城下町の主なのだ。ハーケンブルク城は君が自由に使ってくれて構わない」

「そ、そうなんですか?」


 思ってもみない方向からの発言に、どう反応すればいいか分からなかった。


 しかし、シグルズはこの爵位を名目上のものとしか思っていなかったが、それなりの実権を伴っているらしい。しかし、それがどうしたというのだろうか。


「しかし、そんなことは何で急に?」

「君には今後ともハーケンブルク城伯軍を率い、我が国の国防の充実に心血を注いでもらたい。その為に拠点くらいは必要だろう?」

「え、ちょ、ちょっと待ってください」


 ――聞いてないんだけど!?


 思わず叫びそうになったのを辛うじて抑える。


 シグルズはこの処置をあくまで一時的なものだと思っていた。時が来ればまたオステルマン師団長の元に戻されるのだろうと。


 だがヒンケル総統はそうは思っていないらしい。彼の口ぶりはまるでハーケンブルク城伯軍を恒久的に設置するかのようだ。いや、恐らくその認識で間違っていない。


 聞いたこともない話であるのは違いないが。


「ええと、僕は今後もハーケンブルク城伯軍、というのを率いるのですか?」

「そういうことになるな。頑張ってくれ」

「――承知しました」


 総統に直接命じられて、断ることは出来なかった。


「もっとも、流石の君とて一人で部隊を運用することは出来まい。我々、西部方面軍は君に協力しよう」


 と、ザイス=インクヴァルト司令官。補給や予算などについては西部方面軍の一部として扱われるそうだ。と言うか、もう裏で話は進んでいたらしい。


「はっ。ありがとうございます」

「まあ、そういうことだ。一先ずは、暇なときにでもハーケンブルク城の下見にでも言ってきたまえ」

「了解しました」


 ○


 ACU2309 5/21 グンテルブルク王国 ハーケンブルク城


「まあ、だよね……」

「ですね……」


 塹壕の設営が完了した頃、ヴェロニカと数名の護衛を連れて、シグルズは早速ハーケンブルク城を訪れた。しかし、何と言うべきか、想定はしていたが、ハーケンブルク城の状態は相当に酷いものであった。


 話によればハーケンブルク城が最後に使われたのはおよそ300年前。それ以降、城は放置され、城下町には誰も住んでいない。解体するのも面倒だから放置されていたというのが実際だろう。


 ただ、荒れ果ててはいるが、城自体はそれなりに立派なものだ。物好きな観光客がたまに来るらしい。


「うーん、どうしようか」

「取り敢えず、中に入ってみたらどうですか?」

「そうだね。じゃあ一応、僕とヴェロニカだけで行くから、他の方々は留守番で」

「え? そうなんですか?」

「明らかに危なさそうだからね」


 城内に入った途端に天井が崩れ落ちてきても、シグルズは疑問に思わない。それくらいこの城はボロボロに見える。


 高位の魔導士であるシグルズとヴェロニカならば、万が一のことがあっても逃げられるだろう。そういう配慮だ。


 ○


「あれ、意外と綺麗だな……」

「ですね。外見よりは遥かにマシです」


 散らかってこそいるものの、内部はそれなりに綺麗であった。少なくとも今にも壊れそうなようには見えない。


 玄関から入るとすぐに大広間があり、その奥に階段があった。シグルズは、念の為一歩一歩足元を確認しながら、上の階へと昇っていく。もっとも、いざとなれば空を飛んで退避することも可能だが。


「っ――シグルズ様」


 ヴェロニカの足音が急に止まり、緊迫した声でシグルズに呼びかけた。ただことではないその様子に、シグルズも足を止める。


「……どうした?」

「人の気配がします」

「人……?」


 言われて周辺の気配とやらに意識を向けてみるが、シグルズには特に何も感じ取れなかった。しかし、気のせいだと言えるような雰囲気でもない。


「上……」

「上?」


 ヴェロニカは背中から小銃を取り出して、ゆっくりと階上に向けた。


 シグルズも、いつでも魔法を発動出来るよう、心の準備を整える。


「ははは、見つかっちゃいました」

「……!」

「やっぱり……」


 上の階から聞こえてきたのは、とても幼い少女の声であった。てっきり野盗の類いかと思っていたが、そういう訳ではなさそうだ。


「降りてきてくれないか! 敵意はない!」


 言いながら、ヴェロニカに銃を下ろさせる。


「はい。あなたを待っていたのですよ」

「待っていた?」


 殆ど足音はせず、みすぼらしい恰好をした金髪の少女が階段を降りてきた。身長はヴェロニカよりも更に二回りほど小さい。よく見ると、足は裸足であった。


「はい。私はリリー。リリー・ハーケンブルクです」

「ハーケンブルク?」


 ――ということは、城主の一族か?


 そんな説明を受けたことはないが。


「はい。私はこの城の城主なのです」

「そう、か……」


 つまりは、中央政府が全く把握していなかっただけで、この城はちゃんと誰かの者であり続けていたということだ。シグルズはそんな事情も知らずに勝手に城主を名乗っていたこととなる。


「その、言いにくいんだけど……」

「あなたがこの城の城主なのですよね? 知っているのです」

「そ、そうなの?」

「はい。ですので、この城はあなたが自由に使ってくれて構わないのですよ、シグルズ」

「そ、そう……」


 いまいち事情が読み込めないが、自由にしてくれていいと言うのなら、そうさせてもらおう。


「シグルズ様、この子はどうするんです?」

「どうするって言ってもな……」


 恐らくだが、この城にやけに綺麗なところがあるのはこの少女が手入れをしていたからだろう。となると、彼女はそれなりの頻度でハーケンブルク城に出入りしていることとなる。


 ハーケンブルク城をこれから使うとなると、彼女の居場所はなくなってしまうかもしれない。


「私は、出来ればですが、シグルズの下で働かせてもらいたいのです」

「え? 一応聞くけど、僕の仕事が何か分かってる?」

「軍人です。そのくらいは知っているのです」

「そ、そう……」


 しかし、こんな小さな子を軍人にする訳にもいかない。いや、本当にそうだろうか。


「君、歳は?」

「16です」

「ほ、本当!?」


 とてもそうは見えない。シグルズのたった一つ下であるとは、とても。


「16歳にしては、私は小さいのでしょうか?」

「全くもってその通り」

「そうですか……でも、法的に問題はない筈なのです」

「まあ、そうだけど……」

「では、構わないのですね?」

「う、うん……」


 結局、そんな口約束を交わしてしまった。もっとも、今回はただの下見。シグルズが本格的にここを使い始めるのは、まだ先のことになるだろう。


「じゃあ、また今度」

「はい。また会いましょう」


 シグルズはロウソデュノン要塞に戻った。


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