ロウソデュノンの戦いⅠ

 ACU2309 6/27 ルシタニア王国 ロウソデュノン要塞近郊


「しかし、どうして私がこんな端役をやらねばならんのだ……」


 ゲオルク・フリードリヒ・ファン・ゲオルギオシア伯爵はぼやく。


「後詰も側面の守備も、誰かがやらなくてはならないことです」

「それはそうだがなあ……」


 この度、ヴェステンラント軍はゲルマニア本国に対する侵攻作戦をいよいよ決行した。およそ3万の兵士が動員される一大作戦である。


 しかしながら、ゲオルギオシア伯爵は、主戦線から外れたここ、ロウソデュノン要塞の攻略を命じられていた。


 確かに側面の安全を守る必要は理解出来るのだが、自分でなくてもいいのではないかと思ってしまうのだ。自分も華々しい戦場に立ちたかったのだと。


「まあいい。仕事を始めよう。偵察隊は帰って来たか?」

「はい。しかし、その、少し妙な様子であるようで」

「何だ?」

「その、敵兵は皆、要塞の前面に長い溝を掘り、その中に隠れるようにして待ち構えているとのことです」

「溝……塹壕ということか?」

「恐らくは」


 初めての報告だ。他の戦線でもどの要塞でもそのような事例が報告されたことはない。


 伯爵は少しばかり不安を感じたが、すぐにそんなものは消し飛ばした。


「それならば、砲撃で焼き払ってしまえばよい。そうだろう?」

「はい、確かに。しかし、塹壕の中に退避場所があるとしたら、どうしましょうか?」

「――ならば、騎兵突撃と同時に砲撃をしかけるとしよう。敵も応戦に頭を出さざるを得ないだろう」

「了解しました。エスペラニウムの消費が多過ぎる気もしますが……」

「それくらいは構わんさ。勝てばよいのだ、勝てばな」

「はっ」


 ○


 伯爵は騎乗して甲冑を纏い、彼の兵士――砲兵魔導士と騎馬隊も準備を整えた。


「塹壕などという小賢しい仕掛けに惑わされるな! 奴らを踏みつぶしてやれ! 突撃!」


 合図に角笛を鳴らし、まずは先行の200騎馬ほどが突撃を開始した。


「距離800パッスス。敵の小銃の射程に入りました」

「よし。魔女の諸君、砲撃を開始せよ!」


 伯爵に直属する50人ほどの火の魔女が攻撃を開始する。火の玉が次々と上がり、ゲルマニア軍の塹壕に降り注いだ。


「敵は、反撃してきませんね」

「ははっ、我らの炎に恐れをなしたか。なれば奴らを踏みつぶしてやれ」

「はっ」


 ノルマンディア会戦の時はとうに銃撃戦が始まっていた距離に近づいても、ゲルマニア軍は沈黙したまま。


「両軍の距離が近過ぎます。砲撃を停止します」

「うむ……」


 味方への誤射を避ける為に砲撃を停止した。と、次の瞬間――


「っ! 敵兵が一斉に発砲!」

「焦るな。このまま突っ込ませよ」

「被害甚大! もう20人以上やられています!」

「な、何だと!?」


 その数字だけを見れば大したことはなさそうに思えるが、実に全軍の1割がやられたのだ。それもほんの一瞬で。


「後詰も出すぞ! 私も出る! 角笛を鳴らせ! 全軍突撃!」

「は、はい!」


 400の騎兵全てで一気に攻撃をしかける。数で押し切ろうという算段だ。


 ○


「進め! そして撃て!」


 伯爵自身も弩をつがえながら、兵を鼓舞しながら突撃に加わった。もっとも、あまりの銃声に声は殆ど届いていなかったが。


「距離100!」

「このまま押し切――はっ?」


 その時、前にいた騎兵が地面に沈み込んだ。それも隣の兵士も次々と突撃を停止していく。


「まさか、罠か! 全軍止まれ! 止ま――」


 伯爵は自分の体が一瞬浮き上がるのを感じた。それと同時に、馬が無理やり止められたことで、彼の体は前方に大きく投げ出された。


 時既に遅し。部隊は網にかかる魚のように空堀の中にはまっていった。


「クソッ! 出られない!」「進め! おい――」「馬を下りろ! このままじゃただの的だ!」


 馬はすっかり怯え、命令を聞かなくなってしまった。騎兵としての矜持をかなぐり捨て、兵士は馬を次々に捨てていった。


「こ、こんな……いや、まだ終わっていない! 全軍突っ込め! 馬がどうした! ヴェステンラント人の誇りを見せよ!」

「「おう!!」」


 伯爵は剣だけを片手に走り出した。その声は恐らく聞こえていなかっただろうが、彼の兵士は彼の意図を理解し、同じく自分の足で突撃をしかけた。


 だが、彼らの前に次なる障害物が現れる。


「な、何だこれは――」


 細い糸状に加工された金属が螺旋状に丸まって道を塞いでいる。


「ええい、こんなもの!」


 斬りつける。しかし金属はばねのように軋んだ後、すぐに元に戻った。


 この間にも彼の魔導装甲は消耗し続けている。


「小賢しいわ!」


 彼は鎧に任せてそれを押し通ろうとした。しかし、針金は彼にまとわりつき、一向に前に進むことが出来ない。


「この! ゲルマニア人ごとき――ぐっ」


 腹を銃弾が貫いた。もうエスペラニウムが底をついたのだ。血が溢れだし、意識が遠のいていく。


 こうなってしまえば、後は機関銃の前に生身で立っている人間でしかない。魔力を供給されない魔導装甲など、ただの薄い鉄板に過ぎない。


「ぐあああ!!」


 全身を撃ち抜かれ、彼は斃れた。彼の後にも大勢の兵士が続いていった。


「て、撤退だ! 逃げろ!」


 辛うじて生き延びていた誰かがそう叫んだのが始まりだった。


 彼らの君主――ゲオルギオシア伯爵の死を前にして、軍団の士気は崩れ去った。


 相手の顔すら見える距離にまで肉薄しながら、ヴェステンラント軍は敗退した。弱弱しく敗走し、剣も弩も捨て、それでも生還したのは全体の半分にも満たなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る