ロウソデュノンの戦いⅡ
ACU2309 6/27 ルシタニア王国 王都ルテティア ヴェステンラント軍前線司令部
「クロエ様、ご報告があります」
諸将が地図を囲んで次々と次々と勝利を記していく中、クロエのメイド、マキナは静かに告げる。
「はい。何ですか?」
「先ほど、ゲオルギオシア伯ゲオルク様が討ち死になされたとのご報告が」
「ゲオルギオシア伯、ですか……」
ゲオルギオシア伯と言えば2,000の兵を自前で用意出来るそれなりの貴族。それ程の位の貴族が戦死したのは、この戦争では初めてのことであった。
「ゲオルギオシア伯が? それは本当なのか?」「そうだ。確かな情報なのか?」「どこからの情報だ?」
当然、軍議はざわつく。それに加えて、伯爵が死んだという報告については、懐疑的な者が大半であった。
「私はゲオルギオシア伯の腹心であるフィーリッツ男爵より報告を受けましたが、何か?」
「…………」
それでは疑いようがない。
「それで、マキナ、ゲオルギオシア伯が戦死した時の状況は?」
「はい。それが、敵は幾重にも渡る塹壕を掘っており、それの突破に伯爵自らが取り掛かりましたが、防御は固く突破は叶わず、伯爵も討ち死になされたとのことです」
「そうですか……厄介なことになりましたね」
クロエは地図を見下ろした。
地図にはゲルマニア軍の拠点が駒で示されており、それをヴェステンラント軍が陥落させる度に駒が取り除かれている。
しかし、今日の攻略目標の中では一か所だけ、ゲオルギオシア伯の担当していたロウソデュノン要塞だけが依然として残っていた。
「では、私が見に行ってみましょう」
「で、殿下、危険です!」
「危なくなったら帰ってきますよ。それと、私が留守の間は皆さんに任せますので、よろしくお願いします。では、また」
「クロエ様、私もお供します」
「ええ。お願いします」
ヴェステンラント軍初めての大規模な敗北。その状況を確かめる必要があるとクロエは感じていた。
反対する諸将は半ば無視し、クロエとマキナはロウソデュノン要塞へと飛び立った。
○
鎧に着替えた(外見上はただのドレス)クロエとマキナは、例の塹壕から少しばかり離れたところに降り立った。
「では、マキナはいつも通り姿を隠して待っていて下さい」
「承知しました。お気を付けていってらっしゃいませ」
その瞬間、マキナは消えた。いや、正確には、カメレオンのように自分の体で反射する光を周囲の色に変えたもである。
無論、完璧に透明になった訳ではない。自分の体やメイド服をそれらしい迷彩模様にしているだけで、よくよく観察すればそこに何かがあると気付けるだろう。
しかし遠目から、それも戦場では、彼女の存在に気付くことは殆ど不可能だ。
「では、行きますか……」
クロエは万全を期して、或いは敵への挑発の為に、ゆっくりと歩き出した。
やがて死体が目に入ってくる。死体など、これまで沢山見てきたが、魔導装甲をきっちり着込んだゲルマニアの騎兵がここまで倒れているのは初めて見る光景であった。
――この気配は……
その時、クロエは妙な気配を感じた。まるで他のレギオー級魔女のようなものを。
『全軍、撃ち方用意』
「おやおや」
耳元の通信機から若い男の声。マキナが傍受した無線通信が彼女の元に送られてくるのである。
「撃ってきますか……」
銃弾ごとき、クロエは恐れない。腰にある魔法の杖の束から一本を取り出すと、それを正面に構えた。
『撃て!』
「無駄ですって」
体の正面に網を張るようなイメージをすると、彼女に向かって飛んできた弾丸のことごとくが空中に静止した。
なおもゲルマニア軍は攻撃をおこなうも、クロエには全く効かない。
「最終的に2万発くらいですか。弾の無駄ですね」
ゲルマニア軍が諦めた辺りで、クロエは弾丸をばらばらと投げ捨てた。
すると、塹壕から一人の若者が飛び出してきて、こっちに歩いてきた。黒い髪に茶色の眼と、大した特徴はない青年であった。
「あれは……いや、まさか……」
クロエは彼に見覚えがある気がした。だがゲルマニアの一兵卒と知り合いである筈がない。気のせいだろうと考えないことにした。
○
青年は合州国最強の魔女であるクロエの前に、あろうことか丸腰で現れた。
死ににでも来たのかと思ったが、その割には自信満々な顔をしている。
――面白い人。
殺す気で来た訳ではなさそうだ。せっかくだからと、クロエは下らない会話にでも興じてみることにした。
「白の魔女は、全ての金属を思いのままに操る魔女です。鉛弾など、私には効かないのですよ?」
「なるほど。確かにそれは、僕の天敵となるかも知れないな」
――天敵?
と言うことは、この青年がこの部隊を指揮しているのだろうか。更に言えば、昨今のゲルマニア軍の兵器の凄まじい進化すら、この青年が主導しているのだろうか。
それであるのなら、この青年はクロエにとって最大の、打ち倒すべき敵だ。邪悪な技術の先端に立つ人間なのだから。
いずれにせよ、確かめなくてはならない。
「ほう。この私の前に生身で――手ぶらで立ち塞がるあなたは、何者なのですか?」
「僕はゲルマニア帝国軍のシグルズ・フォン・ハーケンブルク城伯。君たちの兵隊を壊滅させた張本人だ」
――当たり、ですか。
それにこのシグルズなる男、相当な自信家のようである。これはクロエも負けないようにしなければ。
「私は、ヴェステンラント合州国の七公の一人――白公にして、白の魔女、クロエ・ファン・ブランです。以後、お見知りおきを。もっとも、以後があるかは分かりませんが」
「随分な自信だな。時に、聞いてくれるとは思わないけど、今日のところは帰ってくれないかな?」
下らない冗談だ。しかし、クロエの主義を叩きつける好機でもある。
「申し訳ありませんが、その要請は承りかねます。私には責務がありますので」
「責務、って?」
「この世界に安寧をもたらすこと。当面は、蒸気の力で世界を乱すあなた方を——ゲルマニア帝国を滅ぼすこと。故に、退くことは出来ません」
滅ぼすというのは言い過ぎではあるのだが、このくらい強気で出てもいいだろう。
するとシグルズは素で驚いたようであった。一抹の期待を胸に、問う。
「どうしました? 私の高尚な理想に感化されましたか?」
「いや、そんなことはないけど――」
――あらあら、残念。
「ならば交渉決裂ですね。戯れが過ぎました。参ります」
「っ、来るか」
殺しておかねば将来の禍根となる。それは明らかだった。
魔法の杖を自分に向け、魔導装甲を衣装の上に重ね掛けする。わざわざ二重にする必要もないだろうが、まあ、いい威圧にはなるだろう。
そして杖を剣に変化させ、目標に向け構えた。
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