ロウソデュノンの戦いⅢ

 シグルズも同様に武器を召喚しようとしていたが、それは場慣れしたクロエと比べれば遥かに緩慢な動きであった。


「遅い」

「何っ!」


 魔法で一瞬だけ足の筋肉を強化し、虎のような勢いでシグルズに斬りかかる。だが、後僅かのところでシグルズに躱されてしまう。


 ――意外と筋はいいですね……


「速射銃、召喚」

「?」


 聞いたこともない言葉をシグルズが唱えると、次の瞬間には彼の両手に銃が握られていた。これも初めて見る武器だ。


「これで!」


 シグルズは引き金を引き、容赦なくクロエに弾丸を叩きこんだ。


 クロエは魔導装甲に任せて特別何の対応もしなかった。しかし――


「痛い……」


 思っていたのより数倍は衝撃があり、傷はないがそこそこ痛かった。だがその程度で継戦に支障はない。


 ――杖が大分消耗してきましたね。


 先程大量の弾丸を止める魔法を使ったお陰で、今手に持っている魔法の杖――今は剣の見た目をしているが――は使用の限界近くまで消耗していた。


 戦闘中に杖が寿命を迎えてしまったらどうしようもない。クロエは直ちに腰から代わりの杖を取り出し構えた。


 その間もシグルズは相変わらず発砲を続けている。男の癖に遠くからちまちまと銃を撃ってくるのに、クロエは少々苛立ちを覚えた。


「はあ……正々堂々と戦ったらどうです?」

「白の魔女様に無名の兵卒が挑んでるんだから、このくらいはいいんじゃないか?」


 ――まあ、それもそうですね。


 無意識のうちに同格の相手であると考えていた。その事実にクロエははっとした。


 そしてまた、いつも通りの斬撃を繰り出す。


 しかし、もう対応に慣れたのか、シグルズは余裕の表情で後ろへ下がっていく。このままでは決着は付きそうもない。


 クロエは更に高度な魔法を解禁することに決めた。


「私、面倒なのは嫌いなのですよ?」


 攻撃を一時停止し、シグルズを真っすぐ見据える。


「すまないな。面倒で」

「ですので……」


 剣を空に向ける。


 そして空に大量の剣を召喚。これを一気に叩きつけ、敵の対応能力を飽和させる。美しくはないが、仕方あるまい。


「終わりにしましょう。斬り裂け!」

「ああ、やっぱり……」


 少しばかり気合を入れ、シグルズに向かって剣の斉射を浴びせた。


 クロエは決闘の終わりを確信した。だが――


「防いだ――のですか」


 シグルズは自らの目の前に壁を作り、クロエの攻撃を完全に受け止めていた。


 まさか自分の攻撃を正面から防げる魔導士がいるとは思わず、クロエは一瞬固まってしまった。


 だがすぐに戦闘はまだ終わっていないことを思い出す。


「面倒な……」

「どうした? ネタ切れか?」

「いえ。そう来るのなら、飛べばいいのですよ」


 ここまでするのは癪であるが、更に飛行の魔法を開放。飛べない相手を空中からタコ殴りにするという、スカーレット隊長に言わせれば武人の風上にも置けないというやり方だ。


「上からは、防げますか?」


 クロエは今度こそ勝利を確信した。だがシグルズは毅然としていて、焦っている様子は微塵も見られない。


「そんなの、僕も飛べばいい」

「あなたも、飛べると?」


 ――男性の五百人隊コホルス級魔導士など合州国にも数十人しかいないというのに。


「ああ。飛べるさ」


 そう言って、彼は予告通りにクロエと同じ高度にまで瞬時に飛び上がった。その背中には世にも珍しい白い羽が付いていた。


 そこでクロエが飛ばした刃も、同じ様な壁に阻まれて届かなかった。


 そして、またしても泥沼の戦闘が始まった。


 ○


「白い翼……」

「これが何か?」


 戦いの最中、クロエはずっとシグルズの白い翼が気になって、集中出来ずにいた。


 一つ、白い翼について、クロエ並びにヴェステンラントの王族は知っている。だがそれは始原の魔女イズーナの翼の色。決してこのような、どこの馬の骨とも知れない若者が持っていていいものではない。


 二つ、白い翼について、クロエは知っている。だがそれは、かつて彼女を軽々と助けて見せた少年の翼の色。断じてこのような、悪の眷属たり軍人が持っていていいものではない。


「――ああ。どうした?」

「――了解、早速頼む」


 シグルズは無線で誰かと話しているようだ。まさか決闘の最中にお喋りをする人間がいるとは思わなかった。


『クロエ様、敵は何らかの新兵器を用意している模様です』


 耳元から無機質なマキナの声。


「……分かりました」


 クロエも一応、警戒はしておくことにした。と同時に、シグルズをちょっとからかう。


「ほう、決闘の真っ最中におしゃべりとは、感心しませんね」


 短刀を一本、シグルズの心臓めがけて投げ飛ばした。シグルズは当然のようにそれを受け流す。分かっていたことだ。


「少しは下を気にしたら?」

「下?」


 それが新兵器とやらだろうかと、言われた通りに下を見てみる。すると、車輪の間に銃口を挟んで並べてような兵器があった。


「あれは……」


 直接見たことはないが、クロエはその姿を見てとある報告に思い至った。


 ルテティアでの戦いにおいてスカーレット隊長を撤退させたという『対空機関砲』なる兵器。報告されたそれの特徴に、今眼下にある兵器はよく似ていると思われた。


「撃て!」

「っ! 面倒なことを……」


 念には念を入れ、クロエは回避を選んだ。しかし対空機関砲は意外と素早く、飛び回るクロエをしっかり追いかけてくる。


 ――大したことありませんね。


 暫く逃げ回って弾丸の特性を分析し、クロエはそれが、少なくとも自分にとっては脅威ではないと判断した。


「止まれ」


 剣を向ければ、弾丸はクロエに到達する前に静止し、そのまま地面に落ちていく。そんなものでは自分は倒せないのだと誇示してやるのだ。


「火炎放射」

「ん?」


 横を見れば青白い炎がクロエを呑み込もうとしていた。防壁では間に合わない。クロエは咄嗟に回避を選んだ。


「卑怯ですよ!」

「戦争だからな」


 どうやらシグルズが金属以外の手段で攻撃することで処理能力を飽和させようとしているようだ。同種の魔法は2種類までしか同時に使えないという魔女の欠点を突かれた訳である。


 対空機関砲は動かすのに時間がかる。それを知っているクロエは対空機関砲から遠く離れ、シグルズとの一対一の決闘を再開させた。


 だが当然、雌雄を決すべき時は来なかった。


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