ロウソデュノンの戦いⅣ

「いい加減、降伏でもしてくれませんか?」

「捕虜になってくれたら嬉しいんだけど?」


 お互い、どうやら決着を付けるのは不可能なようだと察し始めていた。だが、敵前逃亡というのもまた、両者の性分には合わない。


「その白い翼、そしてエスペラニウムを使わずに魔法を使う力。もう一度問います。あなたは一体何者なのですか?」


 クロエはついにそれを尋ねてみることにした。その異質な力の正体は、或いは合州国の存亡にも関わるやもしれないのだ。


「と、言われても……」


 そこでシグルズは初めて困った顔を見せた。この場で答えてくれる気はなさそうである。


 強制することも出来ない。なれば、違う方向から攻めてみるべきである。


「まあいいです。ならば、こういうのはどうでしょう? 私の家臣になりませんか?」

「そんな話を僕が受けるとでも?」

「あなたの力を真に活かせるのは、ヴェステンラントだけです。ゲルマニアなどでは、その才能は腐ってしまいますよ」


 嘘ではないし、何らかの誇張がある訳でもない。シグルズがもしそれに応じるのなら、クロエは本気で席を用意するつもりであった。


「まさか。僕の望みは、この世界から魔法を消すことだから」


 だがシグルズは真っ向から拒絶した。


 そしてクロエと同じ望み――世界の安寧を、彼もまた目指していると語る。だがその手段はクロエと正反対のものであった。


 ――哲学の違いというものでしょうか……


「なるほど。それは確かに、分かり合えそうにありませんね」

「ああ。だから、君の家臣には――」


 銃声。静まり返った戦場に、たった一発の乾いた銃声が響き渡った。


「あ……」

「なっ!?」


 クロエは胸を撃ち抜かれた。たちまち意識が遠のき、飛行の魔法すら維持出来なくなる。


「君は、やっぱり……」


 シグルズは憐れむような眼でクロエを見ていた。


「ああ——木だ! 生えろ!」


 彼が叫ぶと、クロエの落下地点に木々が生えた。クロエはその中に落ちていく。


 ――情けを、かけられた……?


 枝や葉が彼女の体に絡まり、地上には背丈の低い草が生えており、落下の衝撃は微々たるものであった。


「クロエ様、聞こえますか?」


 視界が狭まっていく中、無機質な声が聞こえた。


「は、はい……」

「応急処置を致します。その後は、空を飛んで本営に戻ります。揺れが激しいでしょうが、どうかご容赦ください」


 マキナはクロエの傷を魔法で大雑把に塞ぐと、彼女を抱えながら空に飛び立った。


 青一色である空の方が迷彩の効果は高く、移動も早く行えるからである。空に上がった頃には、クロエは眠っていた。


 ○


 司令部に戻ると、大勢の人間が血相を変えて寄って来た。


「で、殿下!?」「医者だ! 医者を呼べ!」「さあ早く! こっちにお運びして!」

「後のことはお任せします」


 マキナはクロエを司令部付の医療班に預けた。


 その後、複数の木の魔女による治療が行われ、クロエは一命を取り留めた。


 ○


 ACU2309 6/27 ロウソデュノン要塞正面塹壕線


「よう、シグルズ。私とは初めて会うことになるか?」


 自分の身長と同じくらいの長さの銃を担いで、オステルマン師団長がやって来た。


「……はい?」


 彼女の言葉の意味を、シグルズは全く理解出来なかった。一体何度迷惑をかけられていると思っているのだと。


「もしかしてお前、私のことを知らねえのか?」

「いや、知ってはいますが……」


 見た目も服装もいつものオステルマン師団長だ。だが確かに、どこか雰囲気が違う気もする。


「私の名前は?」

「ええと、ジークリンデ・フォン・オステルマン師団長――ですよね?」

「いや、ちげえよ」

「はい?」


 ――まさか双子でもいたのか?


「私は、まあ何ていうか、あいつの裏の人格というか、解離性同一性障害? で、出てくる片割れみたいな、そういう奴だ」

「はあ……」


 その言葉をそのまま受け取るのであれば、オステルマン師団長はどうやら二重人格の持ち主であって、その副人格がシグルズの目の前に立っているらしい。


「シグルズ様、どういうことですか?」


 ヴェロニカは解離性同一性障害という単語を理解出来なかったようだ。もっとも、その単語がこの世界に存在する方が驚きではあるが。


 シグルズはかみ砕いた説明を考える。


「つまりは、一人の人間の中に二人の人間が入っているっていうこと。で、それが何らかの条件で入れ替わったりするんだよ」

「幽霊か何かに取りつかれているんですか?」

「そうではないけど、まあ、そう考えても支障はないかな」


 本来ならばちゃんと病気を理解して治療を施す必要がある。が、治療法などまだ存在しないだろうから、二重人格という状況だけを理解してもらえばそれで十分だ。


「終わったか?」

「ああ、はい」

「っ……」


 ヴェロニカはシグルズの陰に隠れた。ただでさえ苦手な師団長が更に粗暴になっては、怯えるのも当然だろう。


「じゃあ、自己紹介をしよう。私はシュルヴィ・オステルマン。殆どいつもはジークリンデの方が表に出てるが、たまに出てくる方の人格だ」

「そんな方が、何で今出てきたんですか?」


 二重人格とは本来、主人格が解決出来ない問題に直面した時、その解決を肩代わりさせる為に作り出すものだ。


 しかし、この辺りで物理的な危険は見当たらないし、精神的に多大なストレスを与えるようなものも特にない。


「そりゃ、魔法を使う為さ。ジークリンデは魔法に関してはさっぱりだが、私は才能に溢れてるんでね」

「なるほど……」


 聞いたこともない話だが、彼女は魔法を使う時専用の人格のようだ。


 オステルマン師団長が魔法について聞くと動揺するのはこれが理由らしい。


「ということは、さっき白の魔女を撃ったのはあなたですか?」

「ああ、そうだぜ。ライラの奴に新しい銃を用意させたんでな」

「そう、ですか……」


 普通なら感謝すべきなのだが、そうする気にはなれなかった。


 ――だってあれは……


「おっと、そろそろ時間だ」

「時間?」

「私の時間は終わりってことだ。ま、ジークリンデとも仲良くな」

「は、はあ……」

「……ん、シグルズか。何を変な顔をしている?」

「は、はは……」


 いつもの師団長に戻った。今までの出来事については、笑って誤魔化すことにした。

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