ハーケンブルク城伯

 ACU2309 4/13 帝都ブルグンテン ブルグンテン王宮


「シグルズ・デーニッツ。貴殿をハーケンブルク城伯に封ずる。自今、シグルズ・フォン・ハーケンブルクと名乗るがよい」

「はっ」


 シグルズに爵位を授けたこの人は、ゲルマニア皇帝ヴィルヘルム・フリードリヒ・アルベルト・フォン・グンテルブルクその人である。


 整った髭を蓄え、皇帝らしい絢爛豪華な衣装と王冠を被った姿は、彼を目にしたもの全てを自然に平伏させるに足るものである。


 しかし悲しいかな、彼に政治的な実権はないに等しく、今回もヒンケル総統の奏上にそのまま従ったに過ぎない。


 前世が日本人のシグルズとしては君主に実権がないのは芳しくない事態だと思う訳だが、それ以上に優秀な指導者がいるのなら仕方があるまいとも思っていた。


 複雑なところである。


「では、下がれ」

「はっ」


 儀式は30秒と立たずに終わった。それだけ封建制度は形骸化しているのだ。


 ――これで僕も貴族か……


 ともかく、シグルズはハーケンブルク城伯として封建領主になった。もっとも、ハーケンブルク城がどこにあるのかすらシグルズは知らないのだが。


 因みに、城伯は伯爵の一つ下の身分である。従って、オステルマン師団長――伯爵などは、まだ上位の存在であった。


 ○


 ACU2309 4/14 帝都ブルグンテン 総統官邸


「シグルズ、君に実証実験をしてもらう場所だが、既に私の方で策定しておいた」


 と、ザイス=インクヴァルト司令官は。


「はい」

「地図では、ここ」


 と言って司令官は、ルシタニアのゲルマニアとの国境地帯のうち、かなり南の方にある都市を指さした。地球で言えばスイスの東部あたりになるだろうか。


「ロウソデュノン要塞。或いはロウソデュノン市。今後ゲルマニアに侵攻してくるであろうヴェステンラント軍の主要な経路からは外れているが、かと言って無視も出来ないような場所を選んだ」

「なるほど。ちょうど敵が小規模で攻めてくるということですね」

「その通りだ。標準的な予想ではおよそ2ヶ月後にヴェステンラント軍はこの辺りに到達するだろう」


 ヴェステンラント軍は総兵力が非常に少ない。合戦ではそれでも問題ないが、占領地の維持や統治機構の建設には多大な時間がかかってしまう。


 故に、ゲルマニアもルシタニアも軍の立て直し中で抵抗がないこの時期でも、進軍にそれだけの時間がかかるのだ。


 因みに、巨大な人口を抱えるルテティアを確保してしまったことも、進軍の遅れに繋がっているらしい。


「分かりました。多大なご配慮、感謝します」

「では次に、君に与える兵士について。これについては、南部方面軍総司令官のエーミールが提供を約束してくれた」

「ああ。既に手配は整っている」


 エーミール・レオンハルト・フォン・フリック南部方面軍総司令官。


 筋肉まで脳になっていそうなザイス=インクヴァルト司令官や、いつも酔っているのかと勘違いされるほど陽気なローゼンベルク司令官とは違い、実に普通で職務に誠実な老人である。


 因みに、年齢ではカイテル参謀総長に次いで2番目に高い。


「はっ。ありがとうございます。しかし、南部の兵を薄くしても大丈夫なのですか?」


 シグルズは疑問に思う。


 南には世界2位の経済力と世界3位の軍事力を持つ大国――ガラティア帝国が控えている。そんな南部方面軍から兵力を引き抜いてよいものだろうかと。


「数千が抜けたところで大した影響はない。それに、参謀本部――いや、総統府としても、ガラティアがしかけてくることはまずないだろう、という結論で合意している」

「そう、なのですか?」

「ああ。もしもゲルマニアが負ければ、エウロパの大半はヴェステンラントの勢力下となる。そうなれば、更なる侵略の矛先はガラティアに向くだろうからな」

「なるほど」


 遠交近攻とは遠くの勢力と同盟を結び近くの勢力と戦うという意味だが、それが国家戦略として通用するのは戦国時代初期のような大勢力のいない状況下だけだ。


 あまりの大勢力が遠くにいる場合、近くの敵と戦えば、次は自分がその大勢力と戦わねばならなくなる。周囲の勢力を吸収し更に強大になった大勢力に、勝ち目はないだろう。


 合従連衡の話で言えば合従策を取るということになる。


 ともかく、ガラティア皇帝がマトモな頭をしているのならば、ゲルマニアとは寧ろ協調関係を築きたい筈なのだ。


「まあ、そういうことだ」

「はい。預かる兵は、決して無駄にはしません」

「それともう一つ、言っておかねばならないことがある」


 ザイス=インクヴァルト司令官は思い詰めた顔で。


「何でしょうか?」

「ロウソデュノンには、君の他にオステルマン師団長にも防衛を任せることにした」

「え」


 一体どうしてオステルマン師団長の名が出てくるのか、皆目見当がつかなかった。


「君はあくまで参謀本部から独立した存在だ。まあ、名目上であるのは君も知っての通りだが。しかし、名目上でもそれが書類上の事実。となると、我々参謀本部はロウソデュノンに一切の兵士を派遣しなかったということになる。それはよくないだろう?」

「――理解は、出来ました」

「という訳で、実証実験が本来の目的であるから彼女には基本的に静観していてもらうが、何か問題が生じたら、ジークリンデ君に頼りたまえ」


 何故か総司令官は楽しげであった。


「は、はい。了解しました」


 オステルマン師団長とは何か固い縁で結ばれているのだと、シグルズは思った。



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