ヒスパニア戦線

 ACU2309 7/3 ルシタニア王国


「まだだ。引き付けよ」


 ヴェステンラントの輸送部隊がルシタニアの領土を悠々と歩いている。護衛は数名。


 その一団を家屋の陰から百名ほどの兵士が待ち受けている。率いるは、レモラ一揆の指導者――アルタシャタ将軍である。ガラティアを追われた彼はルシタニアに流れ着き、こうしてルシタニアの客将として王に仕えている。


 敵の部隊は村の奥にまで入っていく。そして、伏兵が完全に囲んでいる隘路に入り込んだ。


「今だ! 撃てっ!」

「「「おう!!」」

「な、なん――」


 既にヴェステンラント兵は包囲されている。四方八方から銃弾が襲い掛かり、非武装の輜重兵はもとより、魔導装甲で完全武装した兵士すら次々と倒れる。


 一瞬にしてヴェステンラントの部隊は壊滅した。無残な死体が転がるばかり。


「旧式銃も捨てたもんじゃないですね」

「だろう? 射程は長ければいいというものではない」


 彼らが用いたのは施条のない大昔の火縄銃である。


 これは弾丸が回転せず、長距離になると急速に威力が落ちるという特性を持っているのだが、逆に言えば遠くの味方を気にせずに撃ちまくれるということでもある。


 加えて、射程こそ短いが、大口径の銃である為、近距離で命中した際の破壊力ならば近代の銃よりも上である。


 即ち、このような奇襲作戦ならば、ゲルマニアの最新式小銃よりも適役と言える。


「しかしだ、こんなものはちっぽけな勝利に過ぎない。これを王国全土で行い、ヴェステンラントの補給網を麻痺させねばならんのだ」


 正面からぶつかって勝てる相手ではない。しかしヴェステンラント軍にも弱点はある。兵士の絶対数が少なく、補給線の安全確保や占領行政など、人手を必要とする仕事が苦手なことである。


 ルシタニアを存続させる為にはここを突くしかないとアルタシャタ将軍は確信している。即ち、ゲリラ戦を王国の総力を挙げて行うのである。


 ○


 ACU2309 7/4 ルシタニア王国 臨時首都マジュリート


 王都を喪失したルシタニア王国は、地球で言うところのフランスに当たる領域を放棄し、ヒスパニア半島――即ちイベリア半島で徹底抗戦の構えを見せていた。


「――なるほど。アルタシャタ殿の進言は実に的を射たものだったようだ」


 先の戦闘の報告書を読み、ルシタニア国王は感服した。このような戦い方があるとは、思いもよらなかったのだ。


「ありがたき幸せです、陛下。然らば、ヒスパニアの防衛線を固めると同時に、北ルシタニアの民衆を組織、ヴェステンラントの補給線を継続して襲撃させるよう、提案します」

「民衆にやらせるのか? 兵士ではなく」

「無論、指揮官として兵士を送る必要はありましょう。しかしながら、兵の大半は民衆に任せるがよいでしょう」

「それは何故だ?」

「ここから北側に大量の兵士を派遣しても、補給は到底持ちませんし、基地なども失われていますから、寝泊まりする場所すらありません。民衆を徴用すれば、このような問題は発生しないでしょう」

「しかし、民衆が使い物になるのか?」

「ご安心下さい。この戦術に大した技術は必要ありません。ただゆっくり歩いている敵兵を狙い撃つだけです」


 一発撃って逃げる。それがゲリラ戦というものだ。銃撃戦をしたり白兵戦をしたりする必要はない。


「武器は、旧式の火縄銃でいいのだな?」

「はい。寧ろその方がよろしいかと」


 火縄銃くらいならば狩りなどの用途で民衆にも広く普及している。武器に困ることもないだろう。


「それともう一つ。このような戦術を学んだ者はルシタニアにはいない。民衆を指導出来る者はいないだろうと思われるのだが、どうすればよいか?」

「それについては、私が引き続き前線に赴き、技術を伝えて参ります」

「よ、よいのか、それで?」

「はい。私は陛下に何から何まで面倒を見て頂いておりますから、この程度は当然のことです」


 実際、国王がアルタシャタ将軍を拾っていなければ、そこらで野垂れ死んでいたかもしれない。彼は心底、国王に感謝していた。


「そうか……。ならば、頼んだ。我が将兵に貴殿の知恵を教えてやってくれ」

「御意。必ずや、ヴェステンラントの蛮族を追い払って見せましょう」


 無論、この作戦を続けたところで、ヴェステンラント軍に直接の打撃を与えられる訳ではない。これ以上の侵攻を阻めるだけだ。


 後はひたすら我慢比べである。ヴェステンラントかルシタニアか、負担に耐え切れなくなった方が負ける。


「この戦争、我らに勝機はあると思うか?」

「私としては、先に息を切らすのはヴェステンラントであると確信しております。何せ彼らは常に広い海を越えて物資を運ばねばならないのですから」


 単純に国力で比較すればヴェステンラントの方が倍以上である。しかし、遥か海の向こうで戦争をするヴェステンラントと自国の本土で戦争をするルシタニアとでは、ルシタニアの方に圧倒的な地の利がある。


 故に、先に国力を疲弊させ切るのはヴェステンラントであろう。


「そうか。貴殿がそう言うのなら、信じよう」

「陛下の期待は裏切りません」

「――頼んだ」


 かくしてヒスパニア戦線は泥沼化していくのであった。

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