宣戦の御詔勅

 ACU2309 7/3 大八洲皇國 中國 平明京 内裏


 晴虎の居城である金陵城と皇御孫命の住まう内裏とは、同じ平明京の中にあり、歩いて20分程度の距離にある。物理的にはこれほどの近距離にありながら、上杉家は朝廷から半独立した政権を運営しているのだ。


 この日、晴虎は早速、皇御孫命に宣戦の勅を賜りに来た。宣戦布告の権利を持つのは国家元首だけであると、国際条約――イウヌ条約で定められている。


「天子様、みなもとの晴虎にございます」


 言いながら首を垂れる。


 源とは、皇御孫命が臣下に賜る公式な家名――氏族の一つである。うじとも呼ばれ、大八洲の大名の大半は源、平、藤原、橘のいずれか氏として名乗っている。


 皇御孫命の前で名を名乗るときはこちらを使うのが常識である。


「うむ。面を上げよ」

「はっ」

「我らは、ヴェステンラント国の数々の狼藉、悪逆非道の行いを鑑み、かの国を征伐することこそ天下泰平の礎になると愚考しております。なれば、陛下の御聖断を仰ぎ、陛下がよしとされるのであらば、宣戦の御詔勅を渙発あそばせて頂きたく、参上した次第にございます」

「晴虎よ、戦の支度は出来ておるのか?」


 と尋ねる眼光鋭い公家は九條大納言幸親。今川辨辰守昭元が公家かぶれの武士であるのなら、彼は武士かぶれの公家と言えよう。


「ヴェステンラント国とゲルマニア国との戦が始まった頃より、我ら上杉はもとより、諸大名も戦の支度を万全に整えております」


 ヴェステンラントと大八洲がいずれ戦争に至るであろうことは、どの大名でも理解していた。そこで残る問題は、いつしかけるか。


 ヴェステンラントとゲルマニアが戦争に突入した時から、諸大名は戦争の準備を始めた。やるとなればヴェステンラントが他国との戦争を始めたこの機を置いて他にないからである。


 即時開戦を唱えた者もあった。だが、ゲルマニアが早々に降伏してヴェステンラントとの一騎打ちになる可能性を憂慮し、晴虎はその提言を退け続けてきた。


 昨日までは。


 戦争の長期化が確定的になった今、ついに戦を起こすべき時が来たのだ。


「その言葉、嘘偽りはなかろうな。天子様の御前でそのような真似を致せば、いくら征夷大將軍とてただではすまぬぞ」


 征夷大將軍とて皇御孫命に任じられた官職に過ぎない。皇御孫命の信任を失えば、ただちに上杉家は征討の対象になるであろう。


「承知しております。我が言葉に、一片の嘘も偽りもございませぬ」

「その言葉、しかと覚えておこう。陛下、この儀、私としても好ましきことかと存じます」

「よかろう。源晴虎よ、かの邪知暴虐のヴェステンラントを征伐して参れ。それこそが皇祖皇宗もお望みになられるところ」

「はっ。大御心の思召すままに」


 ○


 ACU2309 7/4 ヴェステンラント合州国 陽の国 王都ルテティア・ノヴァ ノフペテン宮殿


「貴国の数多の侵略行為はかねてより目に余るものであったが、此度の欧州への侵略は、我らとて認容しかねるものである。直ちに欧州より撤収せねば戦もやむなし――ですか」


 宰相エメは不覚にも笑ってしまった。昨年に自分たちがやったことをそっくりそのままやられたのだから。


「そ、それって、大変なんじゃないですか?」


 青公オリヴィアはおずおずと尋ねた。


「ええ、確かに。殿下の仰る通り、このままでは我が国と大八洲の全面戦争となりましょう」


 ルーズベルト外務卿はさも当然のように答えた。


「な、何とかして回避する方法は?」

「ふむ……書状には、本日より一月の猶予を与える、とありますね」

「一か月!? そんな、無茶です!」


 晴虎は一応、戦争回避という選択肢をヴェステンラントに与えていた。大義を得る為である。だが、ヴェステンラントにとってその条件はあまりにも厳しい。何も得られないまま戦争を止めるなど、到底出来ない。


「ええ。我が国の国益を考えれば、戦争以外の選択肢はないと言っていいでしょう」

「そ、そんな……」

「何ビビってんの? こうなることは分かっていたことでしょう?」


 悪態をつく黄公ドロシア。確かに、ゲルマニアとの戦争を始めれば大八洲とも戦争になるであろうことは、ルーズベルト外務卿が既に警告していたことだ。


 そのことを承知の上で、ヴェステンラントは戦争に突入した。寧ろ今まで何もしかけてこなかったのが驚きなくらいだ。


「で、ですが……」

「あんたもそれを分かって、宣戦に同意したんでしょ?」

「そ、それは……」

「何か反論があるんだったらどうぞ?」

「は、反論って……」


 オリヴィアは最後まで躊躇していたが、最後には賛成したことは事実。何も言い返せなかった。


「まあまま二人とも、喧嘩は控えてくれ」


 陽公シモンは必死で仲裁に入る。


 文句を言う係その一のオーギュスタンがいなくなれば七公会議も平和になると思っていたが、実際はその逆だった。実際は彼も調整役としていい仕事をしていたのだ。


 なくしてから気づくものというのは本当にあるのだなと、シモンはしみじみ感じていた。


「えー、この会議で決めるべきことも特にないでしょう。ドロシア殿とオリヴィア殿には大八洲迎撃の準備をして頂く。それでよろしいですね?」


司会役でもあるエメは、そう言って喧嘩を無理やり中断させた。


「は、はい……」

「言われなくてもやるわよ」


 オリヴィアとドロシアも前線に赴くこととなった。ドロシアは彼女のテラ・アウストラリス植民地の防衛に当たり、オリヴィアはその補助だ。その役目からして、盾と矛に例えれば、矛を担当するのはオリヴィアだったりする。


 さて、クラウディアもヌミディア戦線に行ってしまったし、これで本国に残る七公会議のメンバーは陽公シモンと宰相エメだけになってしまった。


 一応、女王にして陰公のニナもいるが、彼女が表舞台に出てくることはまだないだろう。

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