サー・ベアトリクス・アイアンズ・ドレーク

「あんた誰だ?」

「私はベアトリクス。ブリタンニアの魔導士隊長」

「あたしはノエル。泣く子も黙るヴェステンラントの赤の魔女さ」

「私はクロエ。白の魔女です。どうも」


 ノエルは不敵な笑みを浮かべ、他の2人は冷たい目をして睨み合う。


 ベアトリクスは所詮、コホルス級の魔女に過ぎない。レギオー級の魔女2人とやりあうなど正気の沙汰ではない。


 だが彼女は一歩たりとも引く気はない。


「面倒だ。邪魔するんなら容赦はしないよ!」


 最初に痺れを切らしたのはノエルであった。


「焼き尽くせ!」


 戦車搭載型の火炎放射器もかくやあらんという勢いで収束した火炎がベアトリクスを襲った。どうせ死ぬだろうと、クロエは特に手出しをしなかった。


「――そのくらいで死ぬとは思わないで欲しいね」

「なっ、死んでないのか?」


 ベアトリクスは平然と佇んでいる。魔法の使い過ぎで疲れている様子もない。


「ちっ、面倒だ。これで終わりだよ!」


 ノエル――赤の魔女の最大の一撃。遥か眼下の海水すら蒸発を始めるような、高温かつ大規模の炎である。


 しかし――


「そんなもんかい? 赤の魔女っていうのは」

「どうしてだ……どうして無傷なんだ」

「さあね。さあ、どうした?」

「この……」


 ノエルは次々魔法を放った。しかしベアトリクスは無事であった。


 その原理は簡単。気化熱である。ベアトリクスはそこら中にある海水を魔法で持ち上げ、ノエルの炎で蒸発させることでその熱を奪っているのである。


 もっとも、その原理はこの世界では未だに経験則としてしか知られていないが。


 原理はともかく、ノエルとクロエは何らかの原因で炎が無力化されていることを理解した。


「では、私がやります。剣よ、切り裂け」


 剣を空中に数十本召喚。そして一斉に投げつける。


「壁だ。防げ」


 ベアトリクスは引っ張り上げた海水を凍らせ壁を作る。壁は海水を吸収しどんどんと分厚くなっていく。


「氷ごとき……っ」


 壁の半ばまで進んだところでクロエの刃は停止してしまった。普段ならば鋼鉄の板を軽々切り裂くその刃がだ。


「不思議ですね……」


 実験のように何度か剣を投げつけたが、一向に通る気配がない。


「炎と剣…………となると、やはり熱ですか。そうですね?」

「――さあね」

「やはりですか。魔導剣が熱でものを焼き斬るのを逆手にとるとは、賢いですね」


 クロエの剣が尋常ではない強度を持っているように見えるのは、未知の素材のようなものを魔法で生成しているからではない。魔法では既知のものしか作れない。


 その本質は、剣が超高周波で振動することにある。そして物体に触れた瞬間、それを高熱で焼き斬るのである。


 ベアトリクスはそれを逆手に取り、剣を一瞬で冷却してただの金属棒にして見せたのだ。


「しかし、それは水が無限にある海上で初めて出来る芸当。違いますか?」

「…………」

「これも図星ですか」


 沈黙は雄弁であった。


 水を無から生成していては、とても魔力がもたない。これは水が豊富にある海上だからこそ可能になるのだ。


「まあ、今回は分が悪いようです。一度引きましょう。さあ、ノエルも」

「なあ姉貴、何言ってんのか全然分かんないんだけど」

「……まあ、とにかく一旦引きます」

「とっとと消えて」


 クロエとノエルは撤退。ベアトリクスは味方の魔導士の援護に向かった。


 ○


 甲鉄戦艦――ゲルマニア級戦艦一番艦ゲルマニアにて。国の名前をそのまま冠した帝国珠玉の戦艦である。


「閣下、コホルス級です! 飛び移ってきます!」


 閣下とは、ゲルマニア艦隊総司令官のシュトライヒャー提督のことである。


 ヴェステンラント軍が白兵戦をしかけてくるであろうことは、当初から想定されていた。


「全艦、機関銃用意。やつらをハチの巣にしてやれ」

「はっ」


 やがて降り立つ黒い翼の生えた魔導士たち。だが甲板は無人。静まり返っている。


「中に入るぞ」

「了解」


 恐る恐る、船内へと至る階段に向かう。しかしその先には彼らの見たことのない兵器が待ち構えていた。


 階段の左右に2つずつ、計4つもの機関銃――無論シグルズが発明したもの――が魔導士を狙っている。


 階段を下りる足音が聞こえ、少しばかり引き込んだら合図だ。


「撃てっ!!」

「何っ!」


 耳をつんざく轟音と共に、一秒におよそ40発の小銃弾。たちまち魔導士の鎧は砕かれた。


「2人撃破! コホルスも大したことねえな!」

「まだ来るかもしれない。死体をどけて次に備えるぞ」

「もちろんだ!」


 甲鉄戦艦に白兵戦をしかけてくることは予想されていた。故に全ての甲鉄戦艦に予め罠が張ってあるのだ。


 白兵戦でも敵を寄せ付けなければ、甲鉄戦艦は無敵だ。


 ○


「殿下、白兵戦に出撃した部隊が撃退されました」

「ほう? 一体どんな仕掛けを使ってんだ?」

「それは、不明です」

「このままいけば甲鉄戦艦以外は沈められるが、奴らは邪魔だ」


 ゲルマニア艦隊はヴェステンラント艦隊の分断に成功しているが、それでもなおヴェステンラントが優位に立っている。


 接近された影響で修復が間に合わず、8隻ばかりが轟沈しているが、エウロパ連合艦隊は既に40隻近くを失っていた。


「その、ですので、甲鉄戦艦への対処を……」

「クロエ殿を呼び戻せ。無敵の不沈艦などこの世には存在しない」

「りょ、了解しました」


 甲鉄戦艦について、かなりの情報がヴェステンラントに入ってきている。オーギュスタンは既に、甲鉄戦艦の大きな弱点を見つけていた。

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