カレドニア沖海戦
「全艦に通達。ブリタンニア及びルシタニア艦隊は作戦通り複縦陣を敷け。ゲルマニア艦隊は作戦通り待機せよ」
ゲルマニア艦隊を除くおよそ120隻の艦隊は2列の縦陣を組んだ。典型的ではあるが非常に重厚で堅固な陣形である。
普通に考えれば、これだけでも十分に余裕を持って勝てるだろう。
「主砲、射程圏内!」
「了解した。全艦、撃ち方始め!」
ゲルマニアが技術を供与した最新の施条|(ライフル)砲。射程はおよそ2,000パッスス。
大型化にも伴い搭載砲数は減少しているが、それでも1,000を超える砲口がヴェステンラント艦隊を狙っている。
「目標は敵艦の撃沈である。手加減はするな!」
白兵戦に持ち込まれれば、負けるのは確実にこちらだ。狭い船内で魔導士相手に勝てる筈がない。故に鹵獲などは眼中になく、ただ沈めるのみ。
今の所、反撃はない。砲弾は確実に敵船を破壊しつつある。
願わくばこのまま順調にことが進みますように。そう誰もが願っていた。
が、その時だった。
凄まじい爆音、熱風、爆炎。見れば隣のガレオン船からごうごうと火の手が上がっていた。
「何があった!」
「ルシタニア軍、戦闘艦ヴィクトワール炎上! 火薬庫に引火した模様!」
「火薬庫だと?」
ルシタニア軍がそんな失態をやらかす素人集団だとは思えない。が、まずは救助が優先である。
「ゲルマニア艦隊に救援を要請。それと、ベアトリクス、君もだ。救助に向かってくれ」
「ああ、分かったよ」
ベアトリクスは飛び去った。生存者の救助は彼女が仕切ってくれるだろう。
ネルソン提督は一旦思考を整理しようと目を閉じた。しかしその瞬間、またも爆発が起こった。
「ルシタニア軍旗艦エスポワール、炎上! すぐに沈みます!」
「何だと!? 救援だ! 急げ!」
ヴィルヌーヴ提督をしなせる訳にはいかない。まずはそれが優先だ。ベアトリクスも呼び戻さざるを得ない。
考える。これは最早、ただの事故などではない。
魔法だ。しかしどんな魔法であるかは分からない。全く未知の魔法だ。
「提督。生存者の報告を信じる限りですが、敵は巨大な矢を放ってきている模様です」
「矢、だと? そんなものが……」
考えられるとすれば、それは魔導弩を大型化し艦載兵器に仕立て上げたものだろう。聞いたことはないが。
だが、今はその存在を前提として行動すべきだ。ちょうどここに、そういう攻撃に強い船がある。
「ゲルマニア艦隊に通達。これより、作戦第三段階に入る。敵艦隊への突入を行われたし」
ゲルマニア艦隊の役目は、敵艦隊中央に突撃し、これを分断することである。その先頭を務める甲鉄戦艦ならば、今の攻撃にも耐えられる筈だ。
「エボラクムより、巨大な矢を確認したとのこと。船体を見事に貫き、穴は焼け焦げていたと」
「決まりだな。これは魔導弩を応用したもの――バリスタだ。ならきっと甲鉄戦艦で対応出来る」
「ルシタニア戦闘艦ペックス、轟沈!」
試射に成功したのに味をしめたのか、ヴェステンラントのバリスタはこちらの大砲と同じくらいの頻度で撃ってくるようになっていた。
当たりどころが悪ければ一撃で轟沈。それ以外なら小さな穴が空くだけ。
大砲の雨に晒されるのと、どちらがマシだろうか。
「ゲルマニア艦隊、突入します!」
「よし! 我々は持ちこたえるぞ!」
○
「ちっ。あの船は何さ?」
次々と魔導弩砲の攻撃を跳ね返す鉄の船。それに舌打ちした赤毛の少女はノエル・ファン・ルージュ。五大二天の魔女の一人、赤の魔女である。性格は父と違って粗暴と有名だ。
「さあ。何とも」
「だったらさ、そろそろ私たちが出るとこじゃないの? 姉貴」
「そうですね。こちらの艦隊も傷がついてきましたし」
ノエルが姉貴と呼ぶその少女は、白の魔女クロエ・ファン・ブランである。人生の差は1年とないが、一応クロエの方が年上ではある。
実のところ、エウロパ連合艦隊の攻撃は、ヴェステンラント艦隊にとって大した脅威ではなかった。多少船に穴が空いたところで、魔法で修理すればいいだけなのだから。
いずれ設備の整ったところで修繕を行う必要はあるが、今さえ乗り切れればどうということはない。勝利は決まっているも同然。
とは言え、そろそろ決着をつけようと
「艦隊の指揮は赤公オーギュスタン殿に任せます。では、私たちは行きますので」
「じゃあ、またねー」
赤と白の魔女は、漆黒の翼を広げ飛び立った。
「私が敵の弾を防ぎ、あなたが船を燃やす。いいですね?」
「勿論だよ、姉貴。姉貴とあたしがいれば何でも出来るさ」
「はいはい」
火を司る赤の魔女は、船にとっての天敵だ。だが赤の魔女には弾丸を防ぐような防御の手立てがない。そこで金属を司る白の魔女が彼女を護衛するのだ。
最強の盾と矛。実に凶悪なコンビである。
「ん? なんかいっぱいいるねえ」
「いますね」
数十の魔導士が上空で待ち構えていた。このくらいは読まれていたらしい。
もっとも、その程度、どうということはない。
「旗艦アリーセへ。艦隊の
こちらも兵を出す。数は相手の数倍。およそ300のコホルス級魔導士を用意してある。
「総員、敵魔導士を引きつけて下さい。艦隊への攻撃は私たちが行います」
「そう。敵の船には近寄るんじゃないよ!」
コホルス級は常に魔法を一つ使い続ける関係上、守りが手薄になる傾向がある。運が悪ければ撃ち落とされることも十分にあり得るのだ。
「総員、突撃」
クロエが号令をかけると同時に、総勢400ほどの魔導士による空中戦が始まった。
火、水、木、金、土、様々な種類の魔法が入り乱れる色鮮やかな戦いだ。上手くやれば芸術に昇華させられるのではとすら思える。
それに下は海。地上のことを気にする必要はない。無茶苦茶なものを生成したり飛ばしたりしても問題はない。
火炎には氷の壁。氷の剣は火で溶かす。樹木は剣で斬り刻む。剣を持つ手を蔦で絡め取る。唯一正攻法がないのは石飛礫だろうか。
「だいたい、釣れてきたかな」
「ええ。そのようですね」
大半のエウロパの魔導士が乱戦に巻き込まれた。そこから脱出するのは難しいだろう。
「じゃ、行くか」
「ええ。行きましょう」
それが2人の魔女の狙いだ。こうして手薄になった敵艦隊に悠々と襲いかかる――筈だった。
「ここは通さないよ」
「誰だい、あんた」
「記憶にはありませんね」
隻眼の小柄な魔女が2人の前に立ち塞がった。
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