開戦の是非
ACU2308 2/5 ヴェステンラント合州国 陽の国 王都ルテティア・ノヴァ ノフペテン宮殿
七公会議。今回の議題は、ダキア大公国が一瞬で降伏したことについてである。ダキアの首都キーイ在中の外交官より、魔導通信で戦況は逐一伝わってきていた。
合州国としては、本当ならダキアとゲルマニアが泥沼の戦争を始めたあたりで横槍を入れたかった訳だが、戦争は実に明快に終わってしまった。
「――いいえ。今こそ、戦端を開く時なのです。ゲルマニアを滅ぼし、合州国の安泰と覇権を維持するのが我らの使命。迷っている時間はないのです」
と高らかに謳うのは、フランクリン・デラノ・ファン・ルーズベルト合州国外務卿である。能力は確かだが、どうも話し方が胡散臭いと評判の男だ。
「もうダキアは降伏したのよ? いま行ったところで意味ないじゃない」
いつも態度の悪い黄の魔女にして黄公ドロシア・ファン・ジューヌは、喧嘩腰に突っかかる。
しかしルーズベルト外務卿は芝居じみた態度を崩さずに。
「いえいえ、黄の大公殿下。まず軍事的な観点から申しますと、ゲルマニアはダキアの占領地の維持の為、10万程度の兵を常に割かなくてはならなくなりました」
「しかし、それは戦争が始まる前と変わらないのではないか?」
陽公シモン・ファン・ルミエールは尋ねた。確かに、以前よりゲルマニアは東部国境に10万近くの軍を割いてきた。
ゲルマニアの兵力が分散されている状況については、戦前より大した変化はないと言えるだろう。
「確かに。そう変わってはおりません。我が国に有利なことと言えば、ダキアとゲルマニアが同盟を結ぶ可能性がなくなったこと――くらいでしょう」
流石にこの後ダキアとゲルマニアが不可侵条約を結んだりすることはないだろう。即ち、ヴェステンラントに有利な状況になっているのは間違いないということだ。
しかし、それが参戦を決断させるに足る材料かというと、そうではないだろう。
「あなた、そのくらいで私たちが動くと思ってるの?」
「いえいえ。重要なのはもう一つの点。我々が大義名分を持って戦争を仕掛けられるという点です」
「大義? 何だね? それは」
尋ねたのは、いつも格好つけた感じを出してる赤公オーギュスタン・ファン・ルージュ。
ヴェステンラントの侵略に大義があった試しなどない訳だが。
「簡単なことです。不当な扱いを受けているダキア人民の解放。これが大義名分です」
「なるほど。ゲルマニアが決して応じられない要求を突きつけ、断られたらそれを理由に宣戦するということだな」
「正に、その通りです。我々は、正義の味方として、正義の名の下に、エウロパを侵略するのです」
「流石は合州国外務卿。最低な人間だな」
「それが仕事ですので。それに、これが新大陸の流儀です」
無論、ダキアの人民などに興味はない。侵略の大義が欲しいだけだ。戦後のことなどは知ったことではない。
しかし、これで一つの大きな課題が解決された。
これまでブリタンニアに戦争を吹っかける理由ならばいくらかあったのだが、ゲルマニアの奥地まで攻め入る理由はなかなか見つからなかった。
それが一気に解決され、何とダキアまで攻め込む事由すら得られた。これは実に素晴らしい。
「で、ですが、ゲルマニアに戦争を仕掛けると、ブリタンニアとルシタニアもついてきますよね?」
控えめに確認を求めたのは、青公オリヴィア・ファン・ブラウ。
ゲルマニアとブリタンニアとルシタニアは神聖同盟というものを結んでおり、どこかの国が戦争をしかけられた場合、他の国は共同で防衛で当たることになっている。
これがある以上、3カ国と同時に戦争になることは避け得ない。
「それについてはご心配なく。私の方で対策があります」
凛として告げるのは、白の魔女にして白公のクロエ・ファン・ブラン。
「そ、そうなのですか?」
「ええ。私と赤の魔女ノエルで、艦隊決戦に勝つ術は考えてあります」
「は、はい。分かりました」
「では、そちらについては御二方にお任せしましょう」
戦争になった場合、ヴェステンラントは基本的に七大公国のうちのいくつかしか参加させない。
一つの海岸には赤、白、黒の国がある訳だが、そのうち黒の国は現在戦争中であるから、赤と白の国だけがエウロパとの戦争を担当するのは自然なことである。
因みに、陰の国と陽の国が対外戦争に出ることはまずない。
「それと、この戦争をはじめた場合、大八洲が出てくる可能性は非常に高いと思われます。彼らはいつの時代でも正義を追い求める民族ですから」
大八洲皇國は世界第2位の軍事力を持つ国家である。
例え大八洲が正義に興味などなくとも、ヴェステンラントの伸長を許しはするまい。戦争は避けられないだろう。
「わ、私、そうなったら頑張りますよ」
と、青公オリヴィア。青の国は西方の担当であるから、大八洲との戦争で前面に立つのは彼女なのだ。
「私もよ。ま、私は自分の領地を守るだけだけどね」
と、黄公ドロシア。彼女はオーストラリアの西部ら辺にあるヴェステンラント植民地『テラ・アウストラリス』を運営している。
オリヴィアとドロシアのやる気は十分。
「しかし、ルーズベルト卿は我々が世界と戦うことをよしとするのか?」
陽公シモンは尋ねた。これほどの大規模な戦争は、未だかつてあったことがない。
「ええ。合州国が世界の君主となるか、それとも蛮族を蔓延らせるか。この戦争は正にそれを決めるもの――そう、世界大戦となりましょう」
「世界、大戦……」
ルーズベルト外務卿は意気揚々としていた。その姿は楽しげですらあった。
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